確かなものがない時代のなかで家族は何に救いを見出すのか
――『綴り字のシーズン』『天空の草原のナンサ』『愛より強い旅』『ある子供』をめぐって


綴り字のシーズン/Bee Season―――――――――― 2005年/アメリカ/カラー/105分/シネマスコープ/ドルビーSR・SRD・DTS
天空の草原のナンサ/The Cave of the Yellow Dog― 2005年/ドイツ/カラー/93分/ヴィスタ/ドルビーSRD
愛より強い旅/Exils―――――――――――――――― 2004年/フランス/カラー/103分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
ある子供/L’Enfant/The Child――――――――――― 2005年/フランス=ベルギー/カラー/95分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:「CDジャーナル」2005年12月号、夢見る日々に目覚めの映画を50、若干の加筆)


 

 

■■崩壊しつつある家族がそれぞれに求める救いとは■■

 スコット・マクギーデヴィッド・シーゲルのコンビが監督した『綴り字のシーズン』は、家族を題材にした多くのアメリカ映画のなかでも異彩を放つ作品だ。

 父親は宗教学の教授、母親は科学者、兄は優等生という教養豊かな一家のなかで、妹のイライザはこれまで目立たない存在だった。ところが、“スペリング・コンテスト”に出場した彼女は、校内や地区の大会を勝ち進み、隠れた能力を開花させていく。と同時に、完璧に見えた家族から様々な歪みが浮かび上がり、結束が揺らぎだす。

 この映画は、そんな家族の軋みや亀裂を、精神的な次元でとらえようとする。常に完璧を求め、家族の精神的な支柱となっていた父親は、快進撃を続ける娘にある可能性を見出す。彼は、文字と深く関わるユダヤ教神秘主義の秘儀を極めることができなかったが、彼女なら会得できると確信し、個人教授にのめり込む。

 これまで父親の期待を一身に背負ってきた兄は、そのことに反発を覚え、ハレ・クリシュナという異教に救いを求める。さらに、父親が唱える神秘主義による世界の修復というヴィジョンに支えられ、過去のトラウマを乗り越えようとしてきた母親は、自分だけの閉じた世界を構築していく。

 そして、全米大会に出場し、頂点を目前にしたイライザは、そんな壊れかけた家族を修復するために、意外な行動に出るのだ。

■■大自然のなかで伝統と近代化の境界に立つ少女と犬の絆■■

 一方、『らくだの涙』で注目されたビャンバスレン・ダバー監督が作り上げた劇映画『天空の草原のナンサ』には、『綴り字のシーズン』とは対極ともいえる環境を生きる家族の姿がある。この映画が映し出すのは、モンゴルの広大な草原とそこに生きる遊牧民の家族の日常だ。

 主人公は、両親と6歳になる長女のナンサ、その妹と弟の5人家族。ドキュメンタリーの監督らしく、母親がチーズを作ったり、一家がゲル(移動式住居)を解体していく過程などが、事細かに記録されている。また、日常のなかで子供がごく自然に自立心を養う姿も目を引く。ナンサは6歳にして馬を駆り、ひとりで羊の群れを率いて放牧に出る。

 しかし、彼らの伝統的な生活は決して磐石ではない。この映画は、近代化がひたひたと迫ってくるような難しい状況を、人間と犬の関係を通して表現している。ナンサは洞穴で子犬を見つけ、家に連れ帰る。父親はそれを飼うことを許さないが、それでも彼女は手放すことができない。

 素朴でありきたりなエピソードに見えるが、そこには深い意味がある。老婆が語る“黄色い犬の伝説”や犬の埋葬における習慣は、輪廻において人間と犬が非常に近い関係にあることを物語る。その一方でこのドラマには、豊かな生活を求めて都市部に出る遊牧民が、飼犬を草原に残し、野生化した犬が家畜を襲うという現実がある。それは、伝統や神話の崩壊を意味する。

 ナンサと子犬のエピソードは、そんなふたつの世界の境界にあり、神話が甦るかのようなラストを印象深いものにしているのだ。

■■ルーツにまつわる心の傷を癒す音楽の神秘的な力■■

 トニー・ガトリフ監督の『愛より強い旅』は、アルジェリアに生まれ、60年代初頭に13歳で家族とともにフランスに渡ったガトリフが、そのルーツをたどろうとする自伝的な要素を持った作品だ。

 ガトリフの分身ともいえるザノは、両親が捨てざるを得なかった祖国を自分の目で見ようと決意し、同じようにアフリカにルーツがある恋人のナイマとともにパリの公団住宅を旅立つ。これは、そんなふたりが、スペイン、モロッコを経てアルジェリアに至るロード・ムーヴィーだ。

 ガトリフの作品には音楽が欠かせないが、この映画では、テクノ、フラメンコ、ライ、スーフィー音楽など、土地や文化と結びついた音楽と主人公の男女の肉体が、これまで以上に深く共鳴していく。特に、彼らの背中の対比には注目すべきものがある。

 映画はザノの背中のクローズアップから始まるが、それはルーツに向かう肉体を象徴している。一方、ナイマの背中には傷跡があるが、彼女はそれについて何も語ろうとはしない。その背中は、ルーツに怯える肉体を象徴しているといってもよいだろう。

 
―綴り字のシーズン―

※スタッフ、キャストは
『綴り字のシーズン』レビュー
を参照のこと

 
―天空の草原のナンサ―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ビャンバスレン・ダバー
Byambasuren Davaa
撮影 ダニエル・シェーンアウアー
Daniel Schonauer
編集 ザラ・クララ・ヴェーバー
Sarah Clara Weber
音楽 ベーテ・グループ
Borte

◆キャスト◆

長女ナンサ   ナンサル・バットチュルーン
Nansal Batchuluun
ウルジンドルジ・バットチュルーン
Urjindorj Batchuluun
バヤンドラム・ダラムダッディ・バットチュルーン
Buyandulam Daramdadi
老女 ツェレンプンツァグ・イシ
Tserenpuntsag Ish
次女 ナンサルマー・バットチュルーン
Nansalmaa Batchuluun
長男 バトバヤー・バットチュルーン
Babbayar Batchuluun
ツォーホル
(配給:東芝エンタテインメント)
 
―愛より強い旅―

※スタッフ、キャストは
『愛より強い旅(レビュー01)』
『愛より強い旅(レビュー02)』
を参照のこと

 
―ある子供―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本/製作   ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
Jean-Pierre&Luc Dardenne
撮影監督 アラン・マルコァン
Alain Marcoen
編集 マリー=エレーヌ・ドゾ
Marie-Helene Dozo

◆キャスト◆

ブリュノ   ジェレミー・レニエ
Jeremie Renier
ソニア デボラ・フランソワ
Deborah Francois
スティーヴ ジェレミー・スガール
Jeremie Segard
若いチンピラ ファブリツィオ・ロンジョーネ
Fabrizio Rongione
私服の刑事 オリヴィエ・グルメ
Olivier Gourmet
(配給:ビターズ・エンド)
 

 筆者は、そんなルーツに怯える肉体から、ガトリフの『モンド』に盛り込まれたあるエピソードを思い出す。この映画では、文字が書かれたオレンジがニースの浜辺に流れてくる。かつてガトリフにインタビューしたとき、彼はその意味をこのように説明してくれた。

あのオレンジはアルジェリアから流れてきます。アルジェリアには女性に殉教を強いるイスラムの宗教があって、4〜5年前までそんなことが行われていました。あのオレンジには殉教した女性たちの名前が書かれ、彼女たちに捧げるというメッセージになっています。もともとシチリアに、家族に死者が出るとその死者のためにオレンジを海に流すという伝統があって、それがヒントになりました。地中海は沿岸の文化が交流する場で、そういう出会いの象徴でもあります

 そんなコメントが直接ナイマの傷に繋がるわけではないが、彼女のルーツに対する怯えのヒントにはなるだろう。そのナイマは、音楽によって感情の起伏が激しくなり、見知らぬ男と浮気して、ザノを傷つけることもある。しかし彼らを変えていくのもたま音楽だ。ふたりがアルジェリアで出会う呪術師は、ナイマの傷の根源にある痛みを見通し、彼らはスーフィー音楽のビートに身を委ねる。その音楽には、傷を癒す神秘的な力が秘められている。

■■反復されるイメージを通して描き出される内面の変化と成長■■

 この三本の映画から浮かび上がってくるのは、神秘主義や神話的な物語、音楽などを媒介とした家族や男女の精神的な繋がりである。これに対して、ダルデンヌ兄弟の『ある子供』が描き出すのは、そうした繋がりを生み出す歴史や伝統、コミュニティなどの基盤が崩壊した社会を生きる若者の姿だ。

 20歳のブリュノは、年下の少年たちと組んで盗みを働き、盗品を売りさばいて、その日暮らしをしている。彼には18歳の恋人ソニアがいるが、ふたりの子供が誕生したとき、同じように無邪気に見えた彼らの現実の違いが露呈する。

 彼女はごく自然に母親になるが、何の実感も得られない彼は、盗品のように子供を売ってしまう。しかも、彼女がショックで倒れても、自分の過ちに気づくことはない。

 ダルデンヌ兄弟は、しばしば反復される表現を使って、主人公の内面の変化を描き出してきた。たとえば、『イゴールの約束』に登場する少年イゴールは、盗んだ財布から金を抜き取り、空の財布を土に埋める。そして、転落死した不法労働者も同じ場所で、同じように土に埋める。その時点では、彼にとって財布と労働者に違いはない。だが、約束の重みが、反復を反復でないものに変えていく。

 『ある子供』では、赤ん坊を取り戻したブリュノは、空の乳母車とともに追い出される。彼はその乳母車を売り払う。金に困った彼は、スクーターを持っている年下の少年とひったくりを企むものの、冬の川に逃げ込み、動けなくなった少年だけが補導される。ブリュノのもとに残されたスクーターは、乳母車を想起させる。だが、彼がそれを売ることはない。スクーターを押していくブリュノの姿には、内面の変化を見ることができるだろう。


(upload:2010/09/26)
 
 
《関連リンク》
スコット・マクギー&デヴィッド・シーゲル ■
トニー・ガトリフ・インタビュー 『ベンゴ』 ■
リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ・インタビュー 『イゴールの約束』 ■
リュック&ジャン=ピエール・ダルデンヌ・インタビュー 『ある子供』 ■

 
 
 
 
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