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そんな挑戦的な試みの先陣を切る69年生まれのヴィンターベアは、『セレブレーション』で、十戒の制約を逆手にとるように驚くほど緻密なシナリオを作り、緊迫した群像劇を演出する。ある富豪の還暦を祝うためにたくさんの人々が集まった宴の席で、彼の息子のひとりが、醜悪で苦痛に満ちた家族の秘められた過去を暴露する。
その行為そのものは、座が一瞬ざわめく程度の波紋を投げかけるにすぎないが、集団のなかで複雑に絡み合う感情がこの暴露に呼応し、宴の席は状況的にも心理的にも閉塞的な空間へと変化する。招待客たちはこの閉塞感から逃れるために、黒人の客をスケープゴートにし、酔いにまかせて奇行を繰り広げるが、
絡み合う感情は最後まで真実を求めつづけ、還暦の祝宴は別な儀式へと変貌していくことになる。
筆者はこの後、ドグマの第三弾となる『ミフネ』(2000年公開予定)も観る機会に恵まれたのだが、第1弾と共通する要素があるドラマでありながら、まったく違う雰囲気の作品になっているのが非常に面白く、その違いにドグマの魅力と可能性を感じた。世界が注目するのも頷けるというものだが、
この4月半ばに動きだしたドグマの公式ページThe Official Dogme95を覗くと、具体的にどんな反響があるのかがよくわかる。そこには、ドグマとその作品の紹介、監督インタビューなどの他に掲示板があり、世界各国から千通を越えるメッセージが寄せられているのだ。
ドグマは確かに世界に散らばる若い作家たちを勇気づけている。イタリア、スペイン、カナダ、アメリカ、南アなどから、ドグマに触発されて自分もドグマの映画を撮りたいとか、すでに作りはじめているというメッセージが届いているのだ。さらに、カナダでドグマの映画を作るためのスタッフを募集するメッセージに応募があったり、
イタリアでドグマについて語り合うチャットができたり、オランダ、ロシア、アルゼンチン、ブラジルなどの国々で、研究論文のテーマにドグマを選んだ学生や熱狂的なファンが、国境を越えて意見や情報を交換するなど、独自のネットワークが確実に広がりつつある。
またドグマが投げかけた波紋によって、各国の映画をめぐる状況も浮かび上がってくる。カナダでドグマの映画を作ることに決めたあるプロデューサーは、ヴァンクーヴァーの映画産業がアメリカのプロダクションの植民地と化し、ハリウッドの習慣が染みついてしまっている現状のなかで、ドグマはそれを打破するきっかけになるという。
ベルギーに暮らすルーマニア人のフリーライターは、資金難のために映画製作がままならないルーマニアなどの東欧諸国にドグマを紹介すれば、産業の活性化の起爆剤になるのではないかという期待を持ち、協力を求めている。
但し、メッセージのなかには問題を指摘する声もある。たとえば、みんなが一斉にドグマを始めたら、コントロールを失い、自滅を招くという意見は確かに一理ある。さらには、トリアーやスピルバーグの名前を使ってふざけたメッセージを投稿し、シリアスなコミュニケーションを台無しにしようとする連中も出てきている。
というように問題もあるが、ドグマの可能性をインターネットがさらに広げようとしているのは事実であり、それは非常に興味深いことのように思える。
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