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キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』もまた、そんな錯乱が鍵を握る作品である。NYの富裕層から信頼される医師ビルとその妻アリスは、友人の富豪が開いた盛大なパーティに出席し、それぞれに別の男女といい雰囲気になる。その翌日の晩、マリファナでハイになった夫婦は、パーティでの出来事を語り合ううちに話題がエスカレートし、アリスは、実際には何も起こらなかったが、ひょっとすると夫を裏切っていたかもしれないような男がいたことを告白する。ビルはその告白を表面上は聞き流すが、頭のなかは他の男に抱かれる妻のイメージに支配され、思いもよらない世界に引き込まれていく。
ビルは決して単なる嫉妬に駆り立てられるのではない。冒頭のパーティのドラマは、ビルとアリスの立場の違いを暗示的に表現している。この富裕層のパーティに、アリスは女として迎え入れられている。しかし、ビルがそこにいられるのは、男である以前にまず何よりも医師であるからなのだ。彼に近づくふたりのモデルは、ビルの医師という職業を話題にする。そればかりか彼は、主催者である富豪に別室に呼びだされ、富豪とお楽しみの最中にドラッグで意識を失った全裸の若い女の介抱を頼まれる。
この死にかけた全裸の女の存在は、ビルの錯乱の隠れた出発点となり、彼は、妻の告白を聞いたときから医師ではなく男として、マチズモの世界へと駆り立てられていくのである。その問題の告白と同じ晩、彼は、父親を亡くした女性患者や後にエイズに感染していることがわかる娼婦といった、錯乱を象徴する女たちとの出会いを経て、奇妙な成り行きで秘密のパーティに潜り込んでしまう。それは巨大な屋敷のなかで、仮面とマントをつけた客たちが、仮面をつけた全裸の女たちを思いのままにする乱交パーティだった。
仮面をつけたビルは、まさに男として特権階級の一員となるが、その正体が露見したとき、耐えがたい屈辱を味わう。さらに、自分の身代わりとしてひとりの女の命を奪った罪悪感に苛まれる。そんなビルの視点で綴られるマチズモをめぐるドラマが、不気味な政治の力学を暗示するところは、『博士の異常な愛情』や『時計じかけのオレンジ』に通じるものがあるし、ビル自身の立場は、貴族社会に属しながらどうしても貴族の称号が得られずに失墜するバリー・リンドンを連想させる。但し、ビルは失墜することなく、妻のもとに戻っていく。そういう意味で印象的なのが、彼が自分の身代わりに犠牲になった女の遺体と対面する場面だ。彼は、彼女が生きているかのようにその遺体に引き付けられていくが、ふと何かに目覚める。エロスとタナトスの錯乱に呪縛されていた彼は、その瞬間に呪縛を解かれるのだ。
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