あの日、欲望の大地で
The Burning Plain  The Burning Plain
(2008) on IMDb


2008年/アメリカ/カラー/106分/シネマスコープ/ドルビーSRD・DTS・SDDS
line
(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2009年9月16日更新、若干の加筆)

 

 

エッジを生み出すのではなく
エモーションで繋がれる映像

 

 『アモーレス・ペロス』『21グラム』、『バベル』を生み出した監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと脚本家ギジェルモ・アリアガのコンビに対する評価は高い。彼らの作品では、接点を持つ複数の物語が、断片化され、時間軸が操作され、再構築されている。そうした構成には確かに新鮮なものを感じるし、映像にも力があると思う。だが、筆者はこの3本の映画をもうひとつ好きになれない。問題は、映像をどう切り、どう繋ぐかにある。

 ジョン・カサヴェテスは、レイ・カーニーが編集した『ジョン・カサヴェテスは語る』のなかで、編集についてこのように語っている。

(編集は)大嫌いだ。ものすごい恐怖におそわれるんだ。ラッシュってのは、シーンからシーンへフィルムをつないだだけの長ったらしいものだけど、役者たちの演技を観れるし、物語もある。それが急に滑らかで見栄えやテンポのいいものになってしまう。でも多くの感情がそこから失われてしまうんだ。時間をかけて仲間たちが楽しんで作りあげた感情がね

観客に毎日の撮影の様子を観せて、役者たちの才能や感情を披露できたらなって思うよ。それは完成した映画よりずっと素晴らしく、観やすくて、完成した物語より観る価値のあるものだろう

 イニャリトゥ監督は、撮影の現場では俳優から多くの感情を引き出そうとする点で、カサヴェテスに通じる。しかしそれが、映像を切り刻むことを前提にしたスタイルであることが、筆者には不思議でならない。ふたつの要素は果たして両立しているのだろうか。たとえば、『21グラム』では、ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、ナオミ・ワッツから生々しい感情、鬼気迫る演技が引き出されている。しかし、その映像を切り刻み、時間軸を操作して再構築した作品が、時間軸に沿った作品を超えているのかは疑問だ。

 では、脚本家のアリアガが監督にも進出した『あの日、欲望の大地で』はどうか。この映画でも、4人の女性たちをめぐって、接点を持つ複数の物語が、断片化され、時間軸が操作され、再構築されている。

■シルビアは、ポートランドにある高級レストランでマネージャーを務めている。店では仕事ができ、信頼されるマネージャーだが、ひとたび職場を離れると行きずりの男に身をまかせるような日々を送っている。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ギジェルモ・アリアガ
Guillermo Arriaga
撮影 ロバート・エルスウィット
Robert Elswit
編集 クレイグ・ウッド
Craig Wood
音楽 ハンス・ジマー、オマー・ロドリゲス・ロペス
Hans Zimmer, Omar Rodriguez Lopez
 
◆キャスト◆
 
シルビア   シャーリーズ・セロン
Charlize Theron
ジーナ キム・ベイシンガー
Kim Basinger
マリアーナ ジェニファー・ローレンス
Jennifer Lawrence
ジョン ジョン・コーベット
John Corbett
ニック ヨアキム・デ・アルメイダ
Joaquim De Almeida
サンティアゴ ダニー・ピノ
Danny Pino
カルロス ホセ・マリア・ヤスピク
Jose Maria Yazpik
サンティアゴ
(少年時代)
J・D・パルド
J. D. Pardo
マリア テッサ・イア
Tessa Ia
-
(配給:東北新社)
 

■ジーナは、ニューメキシコ州の国境の町で、夫と4人の子供たちと暮らしている。一家は仲睦まじく幸福に見えるが、ジーナは隣町に住むメキシコ人のニックとの情事にのめり込んでいく。

■マリアーナは、母親を事故で亡くし、喪失感に苛まれている。事故が原因で憎みあうことになった家族の息子サンティアゴがそんなマリアーナに声をかけ、彼女は次第にサンティアゴに惹かれていく。

■少女マリアは、パイロットの父親と暮らしていたが、その父親が飛行機で農薬散布中に事故に遭う。父親は病院に担ぎ込まれ、マリアは顔も知らない母親に会いにいくことになる。

 この映画は、一見するとイニャリトゥのスタイルと変わらないように見えるが、大きな違いがある。イニャリトゥは、緊迫した状況、鋭いエッジを生み出すために切り刻み、時間を操作する。これに対してアリアガの繋ぎ方というのは、ウォン・カーウァイに近いといえる。ウォン・カーウァイはとにかくカメラを回し、映像の断片を登場人物たちのエモーションを軸として繋ぎ、ストーリーを語るのとは違う独自の世界にまとめあげる。

 アリアガもこの映画で、4人の女性たちのエモーションを軸に映像を繋いでいる。だから、登場人物の生死にかかわるような劇的な場面が際立つのではなく、散りばめられたさり気ないシーンから次第にエモーションが広がっていく。

 映画の冒頭で、男と過ごしたシルビアは、裸のまま窓際に立ち、ぼんやりと外を見ている。彼女は他人の視線などまったく気にしていない。彼女の心はどこか遠くにあるように見える。ジーナは無理をしてまでニックと会う時間を作るが、それが最後の一線であるかのように胸を見せることだけは拒みつづける。家族に隠れてサンティアゴと会うマリアーナは、なにかを自分に刻み込むかのように腕を炎にかざす。

 そんなシーンに秘められたエモーションが互いに結びつき、母たちの思い、娘たちの思いが重なり合っていくとき、悲劇の連鎖に終止符が打たれ、未来が開けるのだ。

《参照/引用文献》
『ジョン・カサヴェテスは語る』ジョン・カサヴェテス レイ・カーニー編●
遠山純生・都筑はじめ訳(ビターズ・エンド、2000年)

(upload:2009/12/04)
 
 
《関連リンク》
『アモーレス・ペロス』 レビュー ■
『21g(21グラム)』 レビュー ■
マイケル・フランコ 『父の秘密』 レビュー ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
 
ご意見はこちらへ Email c-cross@cside2.com