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エイリアン・シリーズのヒロインであるリプリーは、3作目で体内のエイリアンを道連れに自らの命を投げだし、シリーズは完結したかに見えたが、新作『エイリアン4』で復活を果たす。あれから二百年後、軍の宇宙船のなかで科学者たちが彼女のDNAからクローンを作ったのだ。
彼らは彼女の体内からエイリアンを取りだし、軍事利用するためにその増殖を進めている。しかしエイリアンたちは檻を破り、再び壮絶な死闘が始まる。
この新作で筆者がまず思うのは、シリーズを通してエイリアンとの闘いのなかで進化していくヒロインの魅力だ。記念すべき1作目で彼女は丸腰状態で生き延び、闘うヒロインとなった。2作目では、パワー・ローダーと呼ばれる機械と合体することによってクイーン・エイリアンと対峙した。
3作目では、エイリアンの幼生を体内に埋め込まれ、内面的な葛藤の末に自己犠牲の道を選んだ。そして新作でクローンとして甦った彼女はもはやただの人間ではない。エイリアンとのハイブリッドな存在になっているのだ。
筆者は昨年末(1997)に3作目の監督であるデイヴィッド・フィンチャーにインタビューしたのだが、彼はこの3作目の内的なドラマについてAIDSのメタファー≠ニいうように語っていた。そんな言葉も踏まえてみると、3作目から新作への展開はいっそう興味深く思えてくる。
3作目で彼女の肉体に侵入したウイルスとしてのエイリアンは、相容れない存在として描かれるがゆえに、精神的、宗教的なイメージが広がっていった。しかし新作で彼女は、肉体的な次元で内なるエイリアンとの共生関係を築き上げ、内的な闘争にサバイバルしたヒロインとして甦るわけだ。
エイリアンのシリーズは毎回、強い個性を持った監督が起用されるが、このヒロインの進化はそうした監督たちの個性によるところも大きいに違いない。実際、今回起用された『デリカテッセン』『ロスト・チルドレン』のフランス人監督ジャン=ピエール・ジュネは、
進化したヒロインを軸に彼ならではの世界を作りあげている。ジュネの映画はとかく視覚的な部分に関心が向かいがちになるが、筆者はその本質的なテーマは存在することの孤独であると思う。彼はそれをきわめてユニークな悪夢的ヴィジョンのなかに描くのだ。
たとえば『ロスト・チルドレン』では、レトロ・フューチャーな世界を舞台に、マッド・サイエンティストやクローン、孤児たちにシャム双生児の姉妹、蚤遣いなど実に様々なキャラクターが登場するが、その世界には家族というものが見当たらない。そこで彼らは世界から見捨てられたものの孤独を露にし、
自分を癒すために、奇妙な宗教に引き込まれたり、子供の夢を盗もうとしたり、完全な存在というものに強く惹きつけられていくのだ。
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