ハーフェズ ペルシャの詩
Hafez


2007年/イラン=日本/カラー/98分/ヨーロピアンビスタ
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(初出:『ハーフェズ ペルシャの詩』劇場用パンフレット)

 

 

時代を超える真の愛

 

 『ハーフェズ ペルシャの詩』は、アボルファズル・ジャリリ監督が、14世紀に活躍した偉大な詩人ハーフェズ(これまで日本では「ハーフィズ」として紹介されてきた)にインスパイアされて作り上げた作品である。

 その舞台は、地域が具体的に示されてはいないものの、間違いなく現代のイランであり、14世紀の世界が描かれるわけでもなければ、ハーフェズ本人が登場してくるわけでもない。しかし、ジャリリ監督の豊かな想像力と独自の映像表現によって、現代と14世紀の世界、そして、ハーフェズと、この古典詩人の本名と同じ名前を持つふたりのシャムセディンが実に見事に結びつけられていく。

 この映画でまず注目しなければならないのは、様々な指導者と主人公の関係だ。優れた詩人であり、コーランの暗唱者を意味するハーフェズの称号を得るシャムセディンは、指導者たちから繰り返し咎められ、罰を加えられる。導入部では、聖教者を批判する詩を詠んだとして、大師や軍人から厳しく糾弾される。それから、モフティ師の娘ナバートと詩を詠み交わし、見つめ合う罪を犯したとして、称号を剥奪され、家も失う。愛を忘れるために鏡の請願を行う彼は、雨乞いをして能力者だと噂になったために村長に咎められ、めがねを作るために無断で娘を連れ出したとして、裁判官に処罰される。

 さらに、モフティ師の直弟子であるもうひとりのシャムセディンも、ハーフェズの足跡をたどることで、同様の体験をすることになる。酒を飲んだという疑いをかけられて、鞭打ちの罰を加えられ、予言によって世間を騒がせたとして、投獄されるのだ。ふたりのシャムセディンを抑圧するこの指導者たちは、明らかに教条主義や権威主義に陥っている。

 ジャリリ監督は、そんな現代の状況と14世紀の世界を重ね合わせている。『ハーフィズ詩集』の訳者解説には、この古典詩人が生きた時代の状況が以下のように説明されている。「民衆の信仰生活の指導者としてイスラーム宗教史上最も偉大な足跡を残した神秘主義者たちも、時代が下るにつれて次第に神への真の愛を忘れて形式主義に陥り、弊衣をまとって表面上は敬神、敬虔を装い、庵において隠者の生活を送っているように見せかけてはいたが、実際は偽善、欺瞞の塊と化して堕落した日々を過ごすようになった」

 それでは、古典詩人は、そんな状況とどのように向き合っていたのだろうか。同じ訳者解説には、以下のように記されている。「ハーフィズがその詩において執拗に神秘主義者を嘲笑し、彼らの偽善や欺瞞を非難、攻撃しているのは、14世紀後半におけるシーラーズの腐敗、堕落した神秘主義者、隠者、説教師たちの実体を認識したためであり、さらに彼の詩は、彼らの実情を知らずに教えを受けている民衆への警告でもあった」


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集/撮影/セットデザイン/衣装   アボルファズル・ジャリリ
Abolfazl JALILI
録音 メールダド・ダドガリ
Mehrdad DADGARI

プロデューサー

定井勇二、アボルファズル・ジャリリ
Yuji SADAI, Abolfazl JALILI
音楽 ヤンチェン・ラモ、アボルファズル・ジャリリ
Yungchen LHAMO, Abolfazl JALILI
 
◆キャスト◆
 
ハーフェズ   メヒディ・モラディ
Mehdi MORADI
ナバート 麻生久美子
Kumiko ASO
シャムセディン メヒディ・ネガーバン
Mehdi NEGAHBAN
モフティ ハミード・ヘダヤティ
Hamide HEDAYATI
ジョルジャニ アブドッラー・シャマシー
Abdollah SHAMASI
祈祷師 ミカイール・シャレスタニー
Mikaeel SHAHRESTANI
-
(配給: ビターズ・エンド )
 

 この映画では、この古典詩人の精神や姿勢が、ジャリリ監督独自の表現によって、現代に再現されていく。映像のなかの指導者とふたりのシャムセディンのイメージには、印象的なコントラストがある。指導者たちは、堕落した神秘主義者と同じように、庵にこもっている。だから、ほとんど移動することがない。彼らは、世界や民衆と、教義や法で繋がっているといえる。これに対して、ふたりのシャムセディンは、止まることなく移動しつづける。それゆえ、彼らと世界や民衆を繋ぐものも自ずと異なってくる。

 ジャリリ監督は、火、水、風、土という宇宙の四元素を強調している。それが最も明確に示されているのは、原因不明の病で衰弱していくナバートを治療しようとする場面だ。モフティ師が呼び寄せた瞑想者の少年ジャラールは、ナバートの心のなかに男女の愛を読み取るが、そのまま言葉にするのではなく、「水」「風」「砂」「火」と答える。それは、愛が四元素と同じように根源的なものであることを意味している。しかし、教義だけに囚われているモフティ師には、それを理解することができない。一方、ひたすら移動しつづけるシャムセディンは、常に四元素に触れ、より深い愛に目覚めていく。

 この映画の導入部では、“ハーフェズ”という呼称はコーランの暗唱者を指しているが、主人公たちの変化とともにその意味も変化していく。罪を問われてハーフェズの称号を剥奪されたシャムセディンと、ナバートの夫になったことに苦悩するシャムセディン。彼らは、移動しつづけるうちに、指導者から称号を与えられるのではなく、市井の人々からハーフェズと呼ばれるようになる。それは、彼らが、古典詩人と精神や姿勢を共有していくことを意味しているといってよいだろう。

 そして、ジャリリ監督が、結婚を強調していることも見逃すわけにはいかない。ハーフェズが母親に請われて出席する結婚、モフティ師が娘のナバートに強いる結婚、鏡の請願に関わりを持つ女性教師の結婚、伴侶に恵まれなかった老女の結婚。ジャリリ監督が、結婚を強調するのは、主人公たちが最後にたどり着く真の愛を、結婚というかたちで表現しようとするからだ。この映画のラストでは、ナバートが鏡を拭き、その上にハーフェズからの贈り物を置く。それは、古典詩人の神秘主義的な世界を継承する象徴的な結婚の表現になっているのだ。

《参照/引用文献》
『ハーフィズ詩集』ハーフィズ●
黒柳恒男訳(平凡社、1976年)

(upload:2009/02/01)
 
 
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