バッド・ルーテナント
Bad Lieutenant: Port of Call New Orleans


2009年/アメリカ/カラー/122分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
line
(初出:web-magazine「e-days」Into the Wild2010年2月24日更新、若干の加筆)

見えない檻に閉じ込められた登場人物たちは
解放されることを望みながら夢を見つづける

 ヴェルナー・ヘルツォーク監督の『バッド・ルーテナント』では、鬼才ならではの奇想の数々が世界を転覆させていく。ニコラス・ケイジ扮する刑事テレンス・マクドノーは、ドラッグやギャンブルに溺れ、深刻なトラブルを次々に抱え込む。

 この映画は、アベル・フェラーラ監督がハーヴェイ・カイテルと組んだ『バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト』のリメイクということになっているが、ヘルツォークはそれを否定している。確かにフェラーラのように、衝動と耽溺の臨界における宗教的な覚醒を描こうとする作品とはまったく違う。オリジナルな作品といっても差し支えないだろう。

 ヘルツォークのインスピレーションの源になっているのは、ニューオーリンズという舞台とハリケーン・カトリーナの襲来以後という設定だ。この映画に人間ではない生き物が頻繁に登場するのも、そんな設定と無縁ではない。

 映画の冒頭では、泳ぐ蛇が映し出される。そこは洪水によって水につかった拘置所で、テレンスは水に飛び込み、拘留されたまま取り残されていた男を救う。テレンスが手がける不法移民一家惨殺事件の現場では、グラスのなかで魚が泳いでいる。彼が交通課の警官と会う場面では、ワニが車の下敷きになったり、事故現場の周辺をうろついたりしている。テレンスと部下の張り込みの場面では、二匹のイグアナが登場する。

 この生き物については、様々な解釈ができる。ニューオーリンズはカトリーナの襲来によって大打撃を受け、秩序が失われた。生き物は、荒廃した世界のなかの苛酷なサバイバルを示唆する。さらにドラッグに溺れたテレンスが見る幻覚も意味する。

 しかし、それだけではない。登場する生き物のなかでも強烈なインパクトを残すのがイグアナだ。ヘルツォークはその場面で、ニューオーリンズ生まれのシンガー、ジョニー・アダムスのソウル・バラード<Release Me>を流す。しかもただ流すのではなく、イグアナを中心に据えて、口パクで<Release Me>を歌わせるのだ。

 この曲は、男と女の間の束縛と解放を歌っている。だがヘルツォークは、二匹のイグアナを男女に見立て、テレンスが見る幻覚をユーモラスに表現しているだけではない。“Release Me”というメッセージは、男女の関係を超えて、この映画の最初から最後まで至るところで響いているのだ。


◆スタッフ◆
 
監督   ヴェルナー・ヘルツォーク
Werner Herzog
脚本 ウィリアム・フィンケルスタイン
William Finkelstein
撮影 ペーター・ツァイトリンガー
Peter Zeitlinger
編集 ジョー・ビニ
Joe Bini
音楽 マーク・アイシャム
Mark Isham
製作 エドワード・R・プレスマン
Edward R. Pressman
 
◆キャスト◆
 
テレンス・マクドノー   ニコラス・ケイジ
Nicolas Cage
フランキー・ドネンフェルド エヴァ・メンデス
Eva Mendes
スティーヴィー・プルイト ヴァル・キルマー
Val Kilmer
ビッグ・フェイト アルヴィン・“イグジビット”・ジョイナー
Alvin ‘Xzibit’ Joiner
ハイジ フェアルーザ・バーク
Fairruza Balk
アーマンド・ブノワ ショーン・ハトシー
Shawn Hatosy
ジュヌビエーブ ジェニファー・クーリッジ
Jennifer Coolidge
-
(配給:プレシディオ)
 

 映画の冒頭では、鉄格子のなかから男が救いを求めている。それは、小さなグラスに閉じ込められた魚にも当てはまる。映画の終盤では、テレンスと冒頭で彼が救った男が再会し、水族館の巨大な水槽の前にたたずむ。その水槽には無数の魚たちが閉じ込められている。

 ちなみに、この最後の場面は、別の解釈も成り立つ。この映画では、どこまでが現実でどこからが幻想であるのかが曖昧にされている。であるならば、水槽の前にたたずむ二人の男は、映画の冒頭でテレンスが水に飛び込んだときから、水底の住人になっていたと解釈することもできるわけだ。

 人間も他の生き物も“Release Me”、つまり解放されることを求めるが、ヘルツォークの世界のなかでは、生きているものは誰も解放されない。テレンスは、銃撃戦で死んだ男の魂がまだ踊っていると言い、ヘルツォークは、実際に死体にブレイクダンスを踊らせてみせる。

 テレンスは、惨殺事件の現場でグラスのなかの魚とともに詩を発見し、「魚も夢を見るのか」という言葉が頭から離れなくなる。この映画に登場する者たちは、魂にまで止めをささなければ解放されない。だからこそ彼らはみな、解放されることを望みながら、夢を見つづけるのだ。


(upload:2010/08/13)
 
《関連リンク》
Ted Hearne 『Katrina Ballads』 レビュー ■
ハレイ・フォー・ザ・リフ・ラフ/Hurray for the Riff Raff ■

 
 
amazon.co.jpへ●
 
ご意見はこちらへ Email c-cross@cside2.com