パニック・ルーム
Panic Room


2002年/アメリカ/カラー/113分/シネマスコープ/ドルビーSRD・SDDS・DTS
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(初出:「キネマ旬報」2002年5月下旬号、加筆)

 

 

所有者を失っても“絶対のセキュリティ”は残る
そして無関係な人間を救いのない泥沼に引き込む

 

 アメリカでは特にレーガン政権の80年代以降、セキュリティに対する需要が高まりだした。それは、貧富の差が拡大して、荒廃するインナーシティで犯罪が目立つようになったからだけではない。マイク・デイヴィスの『要塞都市LA』には、以下のような記述がある。

メディアは、毎日起きている都市の経済的暴力を隠してぼやかしたものにする一方で、犯罪に手を染める最下層や精神病を患っているストーカーという恐怖の種を絶えずまき散らしている

 メディアが人々の不安を煽り、セキュリティに対するパラノイア的な需要が生み出されているということだ。そんな現実は映画にも様々なかたちで反映されている。たとえば、マイケル・ムーアは『ボウリング・フォー・コロンバイン』のなかで、自らLAのインナーシティに足を運び、通行人と話をしたり、インナーシティの犯罪や暴力を扱うテレビ番組の製作者にインタビューし、テレビで流通しているイメージが現実を反映していないことを明らかにしている。

 トッド・ヘインズ『SAFE』では、サンフェルナンド・ヴァレーの高級住宅地に暮らすヒロインが、息子が語るインナーシティのギャングの話題に対して怯えた表情を見せる。そんな不安と彼女が化学物質過敏症に悩まされるようになることは決して無関係ではない。

 『要塞都市LA』によれば、こうした風潮のなかで、超がつく金持ちたちは、“絶対のセキュリティ”を探求しているという。「それを達成するために、住宅の設計者たちは在外の大使館や戦闘司令部から設計上の秘密を拝借している。たとえば、最近要望の多い特徴の一つは、間取りには表れず、隠された可動仕切り板や秘密のドアから入る「テロリスト対策を施したセキュリティ・ルーム」だ

 デイヴィッド・フィンチャー監督の『パニック・ルーム』では、そんなセキュリティ・ルームが緊迫したドラマの主な舞台となる。夫と離婚したメグと娘のサラが、マンハッタンにある四階建ての豪華な邸宅に引っ越した晩に、三人の男たちが邸内に侵入する。異変に気づいたメグは娘とともに、邸内に設置された緊急避難用の堅牢な密室“パニック・ルーム”に飛び込み、男たちと対決することになる。

 この映画でまず注目しなければならないのは、母子と侵入者たちの皮肉な関係だ。金融界で名を馳せた大富豪が遺したその邸宅は、不動産屋にしてみれば特薦の物件だが、メグは必ずしもほれ込んでその物件を選んだわけではないし、絶対のセキュリティを求めていたわけでもない。若い女に走った元夫への当てつけの気持ちもあって、深い考えもなく決めてしまっただけなのだ。

 一方、男たちは、まだ入居者がいない空き家のつもりで侵入した。彼らの狙いは、亡くなった大富豪がパニック・ルームに隠していた遺産であり、当初の計画では簡単に持ち出せるはずだった。彼らは母子よりも邸宅のことをはるかによく知っている。計画を思いついたのは、遺産分配に不満な大富豪の遺族のひとりジュニアであり、しかも彼はパニック・ルームを設計したバーナムを抱きこんでいたからだ。ところがパニック・ルームが稼動することで、計画は完全に狂ってしまう。


◆スタッフ◆
 
監督   デイヴィッド・フィンチャー
David Fincher
脚本 デイヴィッド・コープ
David Koepp
撮影監督 コンラッド・W・ホール、ダリウス・コンディ
Conrad W. Hall, Darius Khondji
編集 ジェームズ・ヘイグッド、アンガス・ウォール
James Haygood, Angus Wall
音楽 ハワード・ショア
Howard Shore
 
◆キャスト◆
 
メグ・アルトマン   ジョディ・フォスター
Jodie Foster
サラ・アルトマン クリステン・スチュワート
Kristen Stewart
バーナム フォレスト・ウィティカー
Forest Whitaker
ラウール ドワイト・ヨーカム
Dwight Yoakam
ジュニア ジャレッドト・レト
Jared Leto
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(配給:ソニー・ピクチャーズ)
 
 
 
 
 

 筆者はこの皮肉な状況を観ながら、イギリスの作家J・G・バラードの『殺す』のことを思い出していた。この小説の舞台となる最も新しい高級住宅地パングボーン・ヴィレッジは、監視所つきのゲートを備え、敷地全体は電気警報機のついたフェンスで囲われ、警備犬とガードマンが定時パトロールを行っていた。これは絶対のセキュリティといってよいだろう。ところが、この警戒厳重な要塞で、住人である32人の大人全員が殺害され、13人の子供が誘拐される。

 しかし、ここで筆者が注目したいのは、事件の詳細や真相のことではなく、事件によって所有者を失った建造物のことだ。難航する捜査の応援に駆り出された語り手の精神分析医は、現場の警察ビデオを観たあとでこんなことを考える。

「(前略)あの死の日以降も、パングボーン・ヴィレッジはいまでも超然と残っているということに気づき、わたしはショックを受けた。成功した職業人であり、中産階級の上位に属する人々の住居のファサードこそが、そこに住んでいた人々の、もっとも堅固で永久的な実体であるかのように、残っている。そのエレガントな家々の所有者たちは、建築物に最小の損傷を与えただけで、すばやく命を奪われてしまったというのに。

 生者にも、そして死者にも、壁の内側の出来事にも、無関心なパングボーン・ヴィレッジは、こののちも保(も)ちこたえるだろう。わたしがいま負わされている、一見不可能な任務がかたづき、この大量殺人と子女誘拐の事件が解決されれば、あの静かな居間を満たすために、新たな住人が募集されるだろう。ホワイトホール地下の映写室を出て、ホワイトホール街の車のひしめく、夕暮れの喧騒のなかに足を踏みだしながら、その新しい住人たちのことを思うと、どういうわけか、わたしはかすかな身震いを覚えた

 所有者を失っても絶対のセキュリティは残り、新しい住人に思いもよらない影響を及ぼすかもしれない。『パニック・ルーム』では、無関係の母子と侵入者たちが、パニック・ルームの力によってお互いに現代的な牢獄にとらわれ、身動きがとれなくなる。侵入者たちの立場には、ケヴィン・スペイシーが監督した『アルビノ・アリゲーター』を連想させるものがある。あの映画では、客を人質に地下のバーに立てこもった三人の強盗が、唯一の出口から脱出するために結束を乱し、意外な結末に至る。この映画の男たちは、唯一の出入口から密室に入るために結束を乱し、泥沼に引き込まれていく。

 ジュニアはギャンブル中毒で経済的に追いつめられているとはいえ、大富豪の遺族だけあって本当に切迫するということをまだ知らず、それほど金に執着していない。だから計画を放棄しようとさえする。しかし、彼が引き連れてきた凶暴なラウールが、隠し財産の価値を知ったとき、ジュニアは屋敷から出られなくなる。

 バーナムの立場はもっと複雑だ。家族に見捨てられかけている彼は間違いなく切迫している。そばには是が非でも金を奪おうとする凶暴な男がいる。しかしそれだけではない。目の前のパニック・ルームを設計し、それを開くために計画に加わった彼には、自分の創造物に対する奇妙な執着が生まれる。彼は、それを設計したときには、まさか自分がそのモニターに映し出されることになるとは思ってもみなかったはずだ。そんな彼の姿は悲しげでもあり、またパニック・ルームから排除されることへの耐えがたい思いもあるに違いない。

 この映画のラストでは、自己と他者を隔てるパニック・ルームはもう存在しないが、そこには見えない壁があるように思える。解放されたメグとサラが、揺るぎないアッパーミドル・クラスの余裕を漂わせているからだ。

《参照/引用文献》
『要塞都市LA [増補新版]』 マイク・デイヴィス●
村山敏勝+日比野啓訳 (青土社、2008年)
『殺す』 J・G・バラード●
山田順子訳(東京創元社、1998年)

(upload:2010/09/15)
 
 
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