ヴェラの祈り
Izgnanie / The Banishment  Izgnanie
(2007) on IMDb


2007年/ロシア=ベルギー/カラー/157分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:)

 

 

静謐な家族のドラマのなかでせめぎあう
原初的な女性神話とキリスト教的な父権制

 

[ストーリー] アレックスは、美しい妻ヴェラと息子キール、幼い娘エヴァを伴い、亡き父が残した田舎の家に出かける。アレックスは仕事で長期間留守にすることが多く、この旅はせめてもの家族サービスである。しかし、平穏な家族の時間は、「妊娠したの、でもあなたの子じゃない」というヴェラの突然の告白で暗転していく。アレックスは兄のマルクに苦しい胸の内を吐露し、悩んだあげく、ヴェラに子供を堕ろし、家族の関係を修復しようと提案するが――。

 ロシアの異才アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の長編デビュー作『父、帰る』(03)では、神話的な世界のなかにイニシエーション(通過儀礼)が描き出された。この映画のプロモーションで来日したズビャギンツェフに筆者がインタビューしたとき、彼は現代における神話的な力、神話の意味について以下のように語っていた。

「人々は日々あくせくしながら物質的な世界を生き、目に見えるものを追求していると思っているわけですが、実は神話というもの、人々が共生するという掟が常に私たちと接触している。古代ギリシアや古代中国の時代にできた掟というものが私たちを律し、身体を貫いているのですが、それを十分に認識していない。私たちは、着ている服が違うくらいで、古代の人間たちと何も変わっていない。つまり、いまだけだと思っていることが、数千年前にすでに起こっていて、今後も何千年もそれを繰り返していくということなのです」

 ズビャギンツェフにとって2作目となる『ヴェラの祈り』もまた神話と無縁ではない。だが、その源が前作とは違う。『父、帰る』は父親を中心とした物語で、神話的なイメージは、ロシア正教、キリスト教から導き出されていた。それは本人の発言にも明確に表れている(「アンドレイ・ズビャギンツェフ・インタビュー」参照)。これに対して、『ヴェラの祈り』では、妻であり母親であるヴェラが中心となり、キリスト教化以前の神話的な世界へと遡ろうとする。

 この映画の導入部では、疾走する車が延々と映し出される。周囲の風景は起伏のある草原地帯から都市へと変化していく。やがてそれは、負傷したマルクが弟アレックスの家に向かう場面だったことがわかる。だが、印象に残るのは、マルクになにが起こったのかではなく、風景の変化だ。この自然と都市のコントラストについては後述するとして、もうひとつ私たちの目を引くのが、一本の見事な巨木だ。ちなみに、このルートは終盤でアレックスがたどることになり、そのときには、風景が違った意味を持つことになる。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   アンドレイ・ズビャギンツェフ
Andrei Zvyagintsev
原作 ウィリアム・サロヤン
William Saroyan
脚本 オレグ・ネギン、アルチョム・メルクミヤン
Oleg Negin, Artyom Melkumian
撮影監督 ミハイル・クリチマン
Mikhail Krichman
編集 アンナ・マス
Anna Mass
音楽 アンドレイ・ダルガチョフ、アルヴォ・ペルト
Andrey Dergachev, Arvo Part

◆キャスト◆

アレックス   コンスタンチン・ラヴロネンコ
Konstantin Lavronenko
マルク アレクサンドル・バルエフ
Aleksandr Baluev
ヴェラ マリア・ボネヴィー
Maria Bonnevie
キール マキシム・シバエフ
Maksim Shibayev
エヴァ カーチャ・クルキナ
Katya Kulkina
ロベルト ドミトリー・ウリヤノフ
Dmitriy Ulyanv
ヴィクトル イーゴリ・セルゲイエフ
Igor Sergeev
(配給:株式会社アイ・ヴィー・シー)
 

 ロシア文化史の研究者ジョアンナ・ハッブズの『マザー・ロシア――ロシア文化と女性神話』では、ロシアの原初的な女神について以下のように綴られている。

「ルサルカ、魔女ヤガー婆、母なる大地としてのロシアの偉大なる女神の姿を再構成するために、我々はその伝統的な太古の役割のそれぞれを通して彼女をたどることになる。彼女は動物の女王であり、炉辺のクランの母であり、社会グループの源泉で中心である。また、生命の木として表されるように、大地と水と植物の支配者であり、そのすべての勢力圏とともに地下世界と天上の女王であり、そして、天候の統制者である。どの機能にあっても、女性は女神の女司祭である」

 この映画の冒頭と終盤で私たちの目を引く巨木は、そんな生命の木を思わせる。だが、ヴェラの深い想いがアレックスの心に響かないように、生命の木が顧みられることはない。

 また、「妊娠したの、でもあなたの子じゃない」というヴェラの言葉も、想像力をたくましくして、神話的な解釈を加えることもできるだろう。ハッブズは前掲同書で以下のように書いている。

「大地は配偶者の助けなしに生み出すことができるという考えを強調するコレー=デーメーテール、ヤガー=ルサルカの神話素は、ロシア人の間では母親としての大地崇拝の中に、そして、農民が母なる土に感じる愛着と競うべき強い父なる神の明らかな不在の中に表現されてきた。ロシアの母なる湿った大地は自ら湿潤となり、自ら受精していた。男は彼女の主人というよりも息子であり、彼女のあらゆる創造物のように滅びる」

 このような引用を繰り返すと、過剰な深読みとも思われかねないが、この映画にはそれを補強するようなディテールが散りばめられている。だが、その前に確認しておかなければならないことがある。アレックスはどんな世界を生きているのか。それはキリスト教化された世界だが、ハッブズは以下のように表現している。

「異教のスラブとロシアの偉大な女神のイメージとは違って、正教のマリヤのイメージは歴史的起源を持ち、都市で生まれた。彼女は一〇世紀にキエフに入り、基本的には男性的な余所者の信仰――それは、大地あるいは森の肥沃にではなく、父権的権力、罰、子としての愛に根を持っている――への住民の改宗にとって媒介者として重要な役割を果たした」

 この映画では、キリスト教化以前の神話とキリスト教の世界、女性原理と父権制がせめぎあっている。その冒頭で示される自然と都市のコントラストも、この記述を踏まえれば意味があることがわかる。さらに映画の中盤には、家族が亡父の墓参りをする場面がある。そのとき、アレックスは教会に入ろうとするが、扉は開かない。それは、教会を取り巻く大地が閉ざしているともいえるし、アレックスが本当に必要としている答えがそこにはないことを示唆しているともいえる。

 映画の前半部で家族が田舎の家にたどり着き、そろって散歩に出かけたとき、近くを流れていた小川は涸れている。しかし、悲劇を経たあとの終盤では、そこに水が湧き出し、大地に潤いをもたらす。そして、映画のラストも非常に興味深い。収穫を行なう農婦たちという大地と深く結びついたイメージで幕を下ろすことになるからだ。

《参照/引用文献》
『マザー・ロシア――ロシア文化と女性神話』ジョアンナ・ハッブズ●
坂内徳明訳(青土社、2000年)

(upload:2014/12/21)
 
 
《関連リンク》
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