Blue
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2001年/日本/カラー/116分/ヴィスタ
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(初出:『blue』劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

人と人の繋がりに注がれる視線

 

 安藤尋監督の『blue』はとても繊細な映画だ。たとえばそれは、ぶどうをめぐるエピソードに現れている。遠藤は、夏休みを前にしてどこかに姿を消し、街に戻ってくると、おみやげのぶどうを桐島に渡す。遠藤が何事もなかったような顔をしてさしだすそのぶどうは、事情を知っている桐島にとってはつらい贈り物だ。だから彼女は、包みを開くことはないし、ぶどうは彼女の弟によって処分される。

 桐島はぶどうを見ない。しかし、彼女のなかには見えないぶどうが残っている。彼女は青果店に行き、果物のなかからまずぶどうを取りあげる。彼女は夏の光を閉めだし、ぶどうと向き合い、キャンバスに描いていく。彼女のインスピレーションの源はもちろんセザンヌの画集だが、その向こうには遠藤の存在がある。遠藤から画集を借りたときには、彼女に追いつくことで頭がいっぱいで、少しでも感覚を共有できることが喜びだった。しかし、絵を見るのではなく、自分で絵を描く彼女は、世界へと大切な一歩踏みだし、自分の感覚や気持ちを確認していく。

 魚喃キリコの原作には、セザンヌの画集は出てこないし、桐島も絵に目覚めるのではなく、最初から漠然と絵やデザインの専門学校に進もうと考えている。遠藤は桐島におみやげのぶどうを渡すが、それは包みが解かれることもなく夏休みの間に朽ちていく。映画は、その見えないぶどうに着目し、見えるぶどうを通して桐島の心の変化を物語る。そこには、原作とは異なる映画的な表現がある。

 


◆スタッフ◆

監督   安藤尋
脚本 本調有香
原作 魚哺キリコ
撮影 鈴木一博
編集 冨田伸子
音楽 大友良英

◆キャスト◆

桐島カヤ子   市川実日子
遠藤雅美 小西真奈美
中野美恵子 今宿麻美
年上の男 村上淳

(配給:オメガ・ミコット+スロー・ラーナー)


 安藤監督は、友情とか恋愛というような言葉では単純に割り切ることができない人間同士の繋がりというものに強い関心を持っているようだ。

 この『blue』に先行して公開されることになった97年の監督作『pierce/LOVE&HATE』からは、やはり恋愛でも友情でも割り切れない男女の奇妙な関係が浮かび上がってくる。ヒロインの奈穂は、声をかけてくる男とホテルに行き、男を殺して金を奪い、ブランドものの服を買い漁る。彼女は、作ったピアスを売って気ままに暮らす学の家に入り浸っているが、彼は奈穂の友だちでもある純子と付き合っている。その一方で奈穂は、ホテルで殺し損ねたフリーライター中谷明彦に心を許すようになる。そして、奈穂とそれぞれの人物との関係の変化が、他の関係にも微妙な作用を及ぼし、崩壊へと向かっていく。

 女子高を舞台にした『blue』とはまったく異質な世界だが、2本の映画には細部にいくらか似通ったシチュエーションがある。『blue』で、合コンに参加した桐島は、その後で少年に誘われるままにホテルに行ってしまうが、彼女の心はそこにはない。『pierce/LOVE&HATE』では、奈穂がカモと入ったホテルの外で、彼女を尾行する学や彼女から電話で呼びだされた中谷がじっとたたずむ。こうした符合は、人と人の繋がりに対する特別な関心と無縁ではないだろう。

 映画『blue』が、ミニマルな表現に徹した原作の魅力に引きずられることなく、独自の世界を構築しているのは、原作の本質を監督自身の関心からしっかりととらえなおしているからだ。この原作を映画にするなら、できるだけふたりのヒロインに寄りたくなりそうなものだが、この映画はむしろ意識して彼女たちから距離を置いている。いや、距離を置くのではなく、海岸や夜の街、海沿いの道路といった風景のなかにあるふたりの姿を、計算された美しい構図でとらえている。そんな映像からは、彼女たちの微妙に揺れる想いが鮮やかに浮かび上がってくるのだ。


(upload:2004/03/28)
 
 
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