悲しみが乾くまで
Things We Lost in the Fire  Things We Lost in the Fire
(2007) on IMDb


2008年/アメリカ/カラー/119分/シネマスコープ/ドルビーSRD・SDDS
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(初出:日本版「Esquire」2008年5月号、加筆)

 

 

明るいサバービアとインナーシティの闇は
最悪の出来事を通して繋がっているのかもしれない

 

 デンマーク出身の女性監督スサンネ・ビアが関心を持っているのは、思いもよらない出来事によって日常が崩壊しかけたとき、人はその危機的な状況にどのように対処するかということだ。彼女がハリウッドへの進出を果たした新作『悲しみが乾くまで』の物語は、そんな関心が反映された作品のなかでも、『ある愛の風景』に似ている。

 現代のアメリカを舞台にした『悲しみが乾くまで』では、夫と子供たちと平穏な生活を送っていたオードリーが、突然の不運な出来事によって夫を失う。そして、夫の親友だったジェリーが、次第に彼女の心の支えになっていく。こうした図式は、『ある愛の風景』のサラと軍人の夫と彼の弟の関係を想起させる。

 だが、ふたつの物語は似ているように見えるだけで、異なる心理や感情が掘り下げられている。脚本を手がけたアラン・ローブも、ビアを念頭に置いてこの物語を書いたわけではない。ただし、ビアがこれまでのスタイルをそのまま継承していたら、新作の独自の視点は影に隠れてしまったかもしれないとはいえる。

 ビアは、スタイルをそのまま継承するのではなく、これまでにないアプローチを盛り込んだ。自分の判断で、脚本の時間の流れを操作することにしたのだ。だからこの映画では、時間が直線的に流れるのではなく、現在と過去が入り組んでいく。このアプローチは、確かに独自の視点を強調する役割を果たしている。

 『ある愛の風景』では、思いもよらない出来事は、少なくともそれが起こる可能性が高い状況で起こる。過去と現在が交錯する『悲しみが乾くまで』では、映画が始まったときには、悲劇はすでに起こってしまっている。それから次第に、事件は、それが起こる可能性が低い状況で起こったことが明らかにされていく。


◆スタッフ◆
 
監督   スサンネ・ビア
Susanne Bier
脚本 アラン・ローブ
Allan Loeb
製作 サム・メンデス、サム・マーサー
Sam Mendes, Sam Mercer
撮影 トム・スターン
Tom Stern
編集 ペニッラ・ベック・クリステンセン、ブルース・キャノン
Pernille Bech Christensen, Bruce Cannon
音楽 ヨハン・セーデルクヴィスト
Johan Soderqvist
 
◆キャスト◆
 
オードリー・バーク   ハル・ベリー
Halle Berry
ジェリー・サンボーン ベニチオ・デル・トロ
Benicio Del Toro
ブライアン・バーク デヴィッド・ドゥカヴニー
David Duchovny
ハーパー アレクシス・リュウェリン
Alexis Llewellyn
ドーリー マイカ・ベリー
Micah Berry
ケリー アリソン・ローマン
Alison Lohman
ニール オマー・ベンソン・ミラー
Omar Benson Miller
ハワード・グラスマン ジョン・キャロル・リンチ
John Carroll Lynch
-
(配給:角川映画、角川エンターテインメント)

 そんなドラマは、サバービアという環境と家族をめぐるテーマと容易に結びつけることができる(ここで映画の製作を手がけているのが、『アメリカン・ビューティー』を監督したサム・メンデスであることを確認しておこう)。

 オードリーの夫の親友ジェリーは、薬物中毒に苦しめられ、治安があまりよいとはいえないインナーシティの簡易宿泊所で生活している。安全なサバービアに暮らす彼女は、夫が親友に会うためにそんな場所に足を運びことを望まない。夫になにか悪いことが起こるとしたら、間違いなくそんな場所で起こる、と彼女は考えている。

 しかし実際には夫は、ショッピング・センターに買い物に行ったときに、その駐車場でトラブルに巻き込まれ、命を奪われる。そこは、安全なはずのサバービアの一角だ。

 オードリーのなかに巣くう先入観はそれだけではない。彼女は、薬物中毒や生活環境というフィルターを通してジェリーという人間を見ていた。だから、小銭がなくなったときに、心のなかで彼のことを疑っていた(それは後に身近な場所からあっけなく見つかる)。

 オードリーは自分の悪しき先入観に気づき、ジェリーに協力を求め、ふたりの距離は縮まっていくが、本当の意味で呪縛を解かれたわけではない。ジェリーは、彼女の子供たちについて、母親でも知らないことを知っている。夫が話していたからだ。そして、子供たちもジェリーになついていく。だが、オードリーはそれを素直に受け入れられない。

 そんなエピドードも、サバービアと無関係ではない。サバービアの生活は、家族の理想に従ってすべてをコントロールできるような幻想を生む。『ある愛の風景』でも、そんな幻想がひとつのポイントになっていた。そして、だからこそ、自分の思い通りにならないと、失望や苛立ちが増幅される。

 ささいなことのように思われるかもしれないが、この映画では、それが重要な意味を持っている。なぜなら、最悪の出来事は、インナーシティやショッピング・センターの駐車場ではなく、自分の足元で起こるかもしれないからだ。失望や苛立ちに囚われたオードリーは、ひとつ間違えば夫の親友を死に追いやっていたかもしれない。

 姿を消したジェリーを探し出すために、オードリーが、インナーシティの簡易宿泊所だけではなく、最も荒廃したエリアにまで踏み込んでいく光景は、筆者には非常に象徴的に見える。明るいサバービアとインナーシティの闇は、最悪の出来事を通して繋がっているのかもしれない。この場面は筆者にそんなことを考えさせるのだ。


(upload:2010/09/13)
 
 
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