カフェ・ド・フロール
Cafe de Flore  Cafe de Flore
(2011) on IMDb


2011年/カナダ=フランス/フランス語・英語/カラー/120分/スコープサイズ/5.1ch
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(初出:『カフェ・ド・フロール』劇場用パンフレット)

 

 

ケベック映画の監督としての新たな挑戦
時空を超えた家族の対立と和解の物語

 

[ストーリー] 1969年、フランスのパリ。シングルマザーとして障害を抱える息子を育てる美容師のジャクリーヌにとって、息子ローランは唯一の生き甲斐だった。現代のカナダのモントリオールでDJとして活躍するアントワーヌ。彼には2人の娘と、大切な恋人ローズがいて、両親も健在。生活にも不自由していなかったが、別れた妻キャロルは、離婚の痛手から立ち直っていない。

 異なる二つの時代を生きる男と女、そして母と息子の愛。彼らの人生は、時間と空間によって隔てられながらも、神秘的な“愛”によって紡がれていく。しかし、運命が導く幸福と執着、そして悲劇を理解した時、それぞれが人生の選択を迫られることになる。[プレスより]

[以下、本作品のレビューになります]

 カナダ・ケベック州出身のジャン=マルク・ヴァレ監督が今世紀に入ってから手がけてきた作品は、大きくふたつに分けることができる。ケベックに深く根ざした作品と、ケベックと直接的な結びつきがない題材を扱った作品だ。すでに日本で一般公開されている『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(09)や『ダラス・バイヤーズクラブ』(13)は、後者に属する。それらの舞台はイギリスやアメリカで、言葉はもちろん英語で、ヴァレは脚本にはクレジットされていない。これに対して、『C.R.A.Z.Y.』(05)やこの『カフェ・ド・フロール』の場合には、ケベックが中心的な舞台になり、言葉はフランス語で、ヴァレが脚本も手がけ、独自の感性や世界観が埋め込まれている。

 『カフェ・ド・フロール』では、時代も場所も異なるふたつの物語が並行して描かれていく。1969年のフランス・パリでは、美容師でシングルマザーのジャクリーヌが、ダウン症の息子を育て、愛情を注いでいる。現代のカナダ・モントリオールでは、DJとして活躍するアントニーが、ふたりの娘と恋人のローズとともに幸福な生活を送っている。その一方で、別れた妻のキャロルは、まだ離婚の痛手から立ち直っていない。そんなふたつの物語はやがて輪廻で結びつき、思いもよらない結末に至る。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本/編集/製作   ジャン=マルク・ヴァレ
Jean-Marc Vallee
撮影 ピエール・コットロー
Pierre Cottereau
 
◆キャスト◆
 
ジャクリーヌ   ヴァネッサ・パラディ
Vanessa Paradis
アントニー・ゴダン ケヴィン・パラン
Kevin Parent
キャロル エレーヌ・フローラン
Helene Florent
ローズ エヴリーヌ・ブロシュ
Evelyne Brochu
ローラン マラン・ゲリエ
Marin Gerrier
ヴェロニク アリス・デュボワ
Alice Dubois
アメリー エヴリーヌ・ドゥ・ラ・シェネリエール
Evelyne de la Cheneliere
ジュリアン・ゴダン ミシェル・デュモン
Michel Dumont
ルイーズ・ゴダン リンダ・スミス
Linda Smith
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(配給:ファインフィルムズ)
 

 この終盤の意外な展開に戸惑いを覚える人もいるかもしれないが、監督のヴァレは、輪廻そのものに強い関心を持ってこのような物語を作り上げたわけではない。彼はこの映画のメイキングのなかで、「『C.R.A.Z.Y.』よりも深い作品にするため、謎めいた超常的なところまで踏み込んでみたんだ」と語っている。その『C.R.A.Z.Y.』とこの映画には接点があり、それを頭に入れておくと監督の狙いがより明確になるのではないかと思う。

 『C.R.A.Z.Y.』は、1960年の12月25日に、主人公のザックが5人兄弟の4男としてケベックの平凡な家庭に生まれるところから始まり、父親と彼の関係を中心に、60年代から70年代に至る家族の変遷が描かれる。ザックは父親のお気に入りの息子になるが、成長するに従って男に惹かれるようになり、ホモフォビア(同性愛嫌悪)の感情を持つ父親との間の溝が深まっていく。

 このドラマで重要なポイントになるのは、60年代のケベックで“静かな革命”と呼ばれる変革が進行していたことだ。それまでケベックのフランス系社会ではカトリック教会が実権を握っていたが、一連の改革によって州政府に実権が移行し、民主的で世俗的な社会へと変貌を遂げていった。この映画では、父親とザックがそれぞれ新旧の価値観を象徴する存在となり、その溝がいかにして埋められ、和解に至るのかが描かれている。

 『カフェ・ド・フロール』には、そうした図式がより抽象化されて引き継がれているように見える。まず興味深いのは、ジャクリーヌと教会の関係だ。彼女が教会を訪れる場面では、ナレーションを通して、彼女が持ち続ける夢の象徴が賛美歌であり、そこに示された神の愛が、人類より偉大で、命より強いと信じていることが明らかにされる。一方、アントニーやキャロルは、静かな革命以後の社会で成長した世代になる。だが、そこにも新旧の価値観をめぐる軋轢がないわけではない。なぜならアントニーの父親は、断固としてローズを受け入れようとしないからだ。

 さらに、2本の映画は音楽的にも繋がっている。『C.R.A.Z.Y.』で15歳になったザックは、ピンク・フロイドやローリング・ストーンズ、デヴィッド・ボウイに熱中しているが、なかでも特に印象に残るのがピンク・フロイドだ。7歳のザックが一気に15歳の彼に変貌を遂げるとき、バックに流れているのは「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイアモンド」で、部屋の壁にはアルバム『狂気』のジャケットのプリズムが描かれている。

 『カフェ・ド・フロール』では、キャロルが幻影を見る場面で、『狂気』の最初の2曲「スピーク・トゥ・ミー」と「生命の息吹」が流れる。63年生まれのヴァレがピンク・フロイドを聴き出したのは10歳のときで、それが原体験になっていることは、2本の映画を制作したCRAZY FILMSのクレジットに三角形のマークが添えられていることからも想像がつく。

 ヴァレは音楽から様々なインスピレーションを得ることで神秘的なヴィジョンを切り拓く。『C.R.A.Z.Y.』では、ザックが合宿や北アフリカへの逃避行のなかで窮地に陥ると、その精神が実家の母親の精神と共鳴し、感覚を共有する。この『カフェ・ド・フロール』では、人間の内なる世界にさらに深く分け入り、異なる時代と場所を生きる主人公たちが、輪廻によって結ばれ、救いのない悲劇から和解へと導かれる。映画がケベック社会に根ざしていることは間違いないが、ヴァレはそれを内面的な次元でとらえ、より普遍的で深みのある世界を切り拓いている。


(upload:2015/09/06)
 
 
《関連リンク》
ジャン=マルク・ヴァレ 『わたしに会うまでの1600キロ』 レビュー ■
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