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経済全体をみれば決して悪い状態ではないイギリス社会のなかで、最も苦しい立場に置かれているのは労働者階級の男たちだろう。それは「フル・モンティ」を観れば一目瞭然だ。サッチャリズム以降の過剰な消費社会の拡大のなかで、まるでアメリカの50年代を見るように、
人々は中流階級の枠組みに取り込まれ、その枠からこぼれた男たちは無用の長物になりつつある。しかも女たちは、「フル・モンティ」にあるように、有望な男に乗り換え、かつ子供の養育費を要求してくる。だからこそ「フル・モンティ」や「ブラス!」には、
苦しい立場に追い込まれた男たちの意地が浮かび上がってくる。そんなことを踏まえて、ここのところ胸にしみるのが、自分を通そうとする男とその気持ちに応える女をさり気なくようなイギリス映画である。
たとえばアントニア・バードの「フェイス」。かつて共産主義運動に参加していた主人公は、「俺は今35歳だ。24までは堅気だった。もし、まともに働いていれば倍の金は稼げただろう」と語る。その言葉には拝金主義に埋没するくらいなら金を奪うことでそれに抗おうという意思がある。
結果として彼はとてつもなく惨めな姿をさらしていくことになるが、待っている女が最後の救いになる。
「マイ・スウィート・シェフィールド」は、「フル・モンティ」と同じサイモン・ボーフォイが脚本を書き、同じシェフィールドを舞台にしている。しかしこの映画でボーフォイは、「フル・モンティ」のようなブラックな風刺ではなくシリアスな視点で労働者たちを見つめ、
そんな視点が必然的に魅力的なロマンスをたぐりよせていく。
主人公は、妻子と別居し、失業中の身で養育費の支払にも四苦八苦している。そこで鉄塔のペンキ塗りという誰もやらないきつい仕事を引き受ける。そして、町にやってきた根無し草のオーストラリア人女性が、仲間の先頭にたって黙々と仕事をこなす彼の姿に惹かれていく。
ふたりは、かつて労働者が築き、いまは無用の長物と化しつつある工場の冷却塔、ガスタンク、鉄塔といった場所で落ち合い、絆を深めていく。映画の原題『Among Giants(巨人たちに囲まれて)』は、そうした巨大な建築物に囲まれて生きている人々の存在を暗示している。
そして、社会からはじき出され立場のない主人公の存在も、彼を見つめる女の眼差しを通して揺るがない巨大な建築物にダブっていく。それゆえに一瞬の夢のようなロマンスが、特別な輝きを放つのだ。
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