未来を生きる君たちへ
In a Better World


2010年/デンマーク=スウェーデン/カラー/118分/シネマスコープ/ドルビーSR・SRD
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(初出:『未来を生きる君たちへ』プレス用原稿+「CDジャーナル」2011年8月号レビュー)

 

 

人間が生み出す負のスパイラルと境界を超えていく風

 

 デンマーク出身のスサンネ・ビアは、いま世界が最も注目する女性監督のひとりだ。各国の映画祭で多くの賞に輝いた『ある愛の風景』(04)は、トビー・マグワイア、ジェイク・ギレンホール、ナタリー・ポートマン主演、ジム・シェリダン監督で『マイ・ブラザー』(09)としてリメイクされた。

 『アフター・ウェディング』(06)は、2006年度のアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。ハル・ベリー、ベニチオ・デル・トロ主演の『悲しみが乾くまで』(08)ではビア自身がハリウッドへの進出を果たした。そしてこの『未来を生きる君たちへ』では、本年度のアカデミー賞とゴールデン・グローブ賞の最優秀外国語映画賞をW受賞するという快挙を成し遂げた。

 ビアは予期せぬ事態に直面した登場人物たちの感情や葛藤をリアルに描き出す。それは彼女がユダヤ系であることと無関係ではない。彼女の祖父母はまだ幼子だった父親を連れてナチスが台頭するドイツからデンマークに逃れるという体験をしている。そんな家族の歴史を心に刻み込んだビアは、カタストロフィー(災厄)に対して強い関心を持っていた。さらに、9・11以後の世界が彼女の想像力を刺激し、その関心はより現実的で具体的なものになっていった。

 発展途上国が抱える紛争や貧困はもはや遠い世界の問題ではない。『ある愛の風景』や『アフター・ウェディング』では、デンマークの日常とアフガニスタンの紛争地帯やインドのスラムが結びつけられていた。『未来を生きる君たちへ』でも、医師である主人公アントンを通して、彼が暮らすデンマークののどかな町と彼が働くアフリカの難民キャンプが結びつけられる。しかし、ふたつの世界の位置づけや登場人物たちの立場には大きな違いがある。

 これまでの作品では、ふたつの世界が、豊かで安定した社会と貧しく混沌とした社会を象徴し、物語の前提となっていた。『ある愛の風景』には、理想的な生活を送る兄と何をやってもうまくいかない弟が、『アフター・ウェディング』には、成功した実業家と無力な援助活動家が登場するというように、人生や生活をコントロールできる人間とできない人間が対置され、その立場が逆転していくという構成も比較的はっきりとしていた。

 しかしこの新作では、最初からそんな図式が崩れている。しかもこれまでのように、大人の世界が中心になるのではなく、大人と子供の世界が対等に描かれ、子供の内面も鋭く掘り下げられていく。


◆スタッフ◆
 
監督/原案   スサンネ・ビア
Susanne Bier
脚本/原案 アナス・トーマス・イェンセン
Anders Thomas Jensen
撮影監督 モーテン・ソーボー
Morten Soborg
編集 モーテン・エンホルム、ペニッラ・ベック・クリステンセン
Morten Egholm, Pernille Bech Christensen
音楽 ヨハン・セーデルクヴィスト
Johan Soderqvist
 
◆キャスト◆
 
アントン   ミカエル・パーシュブラント
Mikael Persbrandt
マリアン トリーネ・ディアホルム
Trine Dyrholm
クラウス ウルリッヒ・トムセン
Ulrich Thomsen
クリスチャン ヴィリアム・ユンク・ニールセン
William Johnk Nielsen
エリアス マークス・リーゴード
Markus Rygaard
ラース キム・ボドニア
Kim Bodnia
シーネ(クリスチャンの祖母) エリザベット・ステーントフト
Elsebeth Steentoft
エーヴァ(クリスチャンの母) カミラ・ゴットリーブ
Camilla Gottlieb
モーテン トーケ・ラース・ビャーケ
Toke Lars Bjarke
ソフス シモン・モーゴード・ホルム
Simon Maagaard Holm
看護師(マリアンの同僚) ビアテ・ニューマン
Birthe Neumann
校長先生 ボーディル・ヨルゲンセン
Bodil Jorgensen
ナジューブ ウィル・ジョンソン
Wil Johnson
ビッグマン オディエゲ・マシュー
Odiege Matthew
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(配給:ロングライド)

 アフリカでは“ビッグマン”と呼ばれる権力者が、妊婦や胎児の命を弄んでいる。デンマークでは、アントンの長男エリアスが、学校でいじめを受けている。それを見た転校生のクリスチャンは、いじめっ子に報復し、エリアスにナイフを贈る。次男モーテンとよその子の喧嘩を仲裁しようとしたアントンは、相手の子の父親にいきなり殴られる。その父親は、アントンがスウェーデン人であることを屈辱するような粗野で傲慢な男だ。

 9・11以後に対するビアの関心は、これまでの作品では、予期せぬ事態によって揺らぐ日常というかたちで表れていたが、この新作では“復讐”が鍵を握る。但し、彼女が描き出すのは、やられたらやり返すという単純な復讐ではない。

 たとえば、母親の死の責任が父親にあると思い込むクリスチャンは、父親と向き合うのではなく、アントンを殴った男に怒りの鉾先を向け、爆弾で復讐しようとする。別居しているアントンの妻は、夫の過去の裏切りを赦せない。力に魅了されるエリアスには、父親の非暴力が理解できない。医師の義務を果たそうとするアントンも、決して揺るぎない信念の持ち主ではない。だから難民キャンプで自分を見失ってしまう。しかし、だからこそ彼には、クリスチャンの心情が理解でき、その命を救うことになる。

 登場人物が有機的に結びついたこのドラマにはこれまでにない緊張感があり、負のスパイラルが赦しへと鮮やかに反転していく結末には深い感動がある。

 ビアはこれまで登場人物の顔にこだわり、顔のクローズアップを多用して、その複雑な感情を表現してきた。そのスタイルはこの映画にも引き継がれているが、もうひとつ見逃せないのが自然という要素だ。

 この映画ではデンマークの町とアフリカの難民キャンプを取り巻く自然の映像が印象に残る。ビアは単にドラマの背景として美しくかつ苛酷な自然の風景を挿入しているわけではない。風力発電機のプロペラやアントンが子供たちと揚げる凧、渡り鳥の群れ、難民キャンプではためくテント、巻き上がる砂埃など、彼女は映像で風をとらえている。

 その風は境界を超え、私たちの視野を広げていく。ビアは、様々な要素が絡み合い、負のスパイラルから生まれる復讐を、自然という大きな世界からとらえる。そこには、人間中心主義から脱却しようとする新たな姿勢を垣間見ることができるだろう。


(upload:2012/01/06)
 
 
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