モーターサイクル・ダイアリーズ
Los Diarios de Motocicleta / The Motorcycle Diaries  Diarios de motocicleta
(2004) on IMDb


2004年/アメリカ=イギリス/カラー/127分/ヴィスタ/ドルビーSRD
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(初出:『モーターサイクル・ダイアリーズ』劇場用パンフレット、加筆)

 

 

歴史を超え、現代に訴えかけてくる神話的な旅

 

 ウォルター・サレス監督の『モーターサイクル・ダイアリーズ』は、実に多面的な魅力を持った映画である。これは、エルネストとアルベルトというふたりの主人公が、南米大陸を縦断していくスケールの大きなロード・ムーヴィーである。彼らは、雪のアンデスや不毛のアタカマ砂漠を越え、アマゾン川を下り、1万キロを旅する。

 映画の冒頭に、「同じ大志と夢を持った2つの人生がしばし併走した物語」という引用があるように、これは、彼らの絆を描くバディ・ムーヴィーでもある。陽気で口が達者な先輩格のアルベルトと情熱的で自分を偽ることができないエルネストは、貧乏旅行のなかでお互いに理解を深め、揺るぎない信頼関係を培う。

 これは、23歳の若者エルネストが、酒や女で失敗したり、喘息の発作に苦しめられたりしつつ、これまで本でしか知らなかったラテンアメリカという世界に直に触れ、自分に目覚めていく青春映画でもある。悲惨な生活を強いられるインディオとの出会い、インカ帝国の遺跡マチュピチュの威容、ハンセン病施設における患者との交流は、純粋で多感な若者の心を揺り動かし、彼を変えていく。

 また、これが実話に基づいた映画であることも、われわれの興味をかき立てる。このドラマからは、後に神格化されるほどの革命家となる彼の人生のターニング・ポイントが見えてくるからだ。

 さらにこの映画には、サレス監督ならではといえるもうひとつの大きな魅力がある。彼の作品には常に、リアリズムとは一線を画す世界がある。老女と少年を主人公にしたロード・ムーヴィーである『セントラル・ステーション』(98)では、顔も知らない父親を探す少年の旅が、ブラジルの南北間の経済格差を浮き彫りにしつつ、もうひとつのブラジルを探す神話的な旅に変貌していく。サレスは最近の「The Guardian Interviews」で、この映画について以下のように語っている。「ポルトガル語では、父(pai)と国(pais)を表す言葉はほとんど同じです。だから、父親を探すことは、国を探すことでもあるのです」。

 不毛なブラジルの大地を舞台に、因習にとらわれた一族同士の血で血を洗う争いを描く『ビハインド・ザ・サン』(01)は、ギリシア神話やスラブ神話、民間伝承などに触発され、独自の世界を切り開くアルバニア出身の作家イスマイル・カダレの小説を映画化した作品であり、サレス自身も映画化にあたってギリシア悲劇を参照している。そしてこの『モーターサイクル・ダイアリーズ』にも、そんなリアリズムと一線を画す世界があるのだ。


◆スタッフ◆

監督   ウォルター・サレス
Walter Salles
脚本

ホセ・リベーラ
Jose Rivera

原作 チェ・ゲバラ、アルベルト・グラナード
Che Guevara, Alberto Granado
製作 マイケル・ノジック、エドガード・テネンバウム、カレン・テンコフ
Michael Nozik, Edgard Tenembaum, Karen Tenkhoff
製作総指揮 ロバート・レッドフォード、ポール・ウェブスター、レベッカ・イェルダム
Robert Redford, Paul Webster, Rebecca Yeldham
撮影監督 エリック・ゴーティエ
Eric Gautier
編集 ダニエル・レゼンデ
Daniel Rezende
音楽 グスターボ・サンタオラヤ
Gustavo Santaolalla

◆キャスト◆

エルネスト・ゲバラ   ガエル・ガルシア・ベルナル
Gael Garcia Bernal
アルベルト・グラナード ロドリゴ・デ・ラ・セルナ
Rodrigo De La Serna
チチーナ ミア・マエストロ
Mia Maestro
エルネストの母 メルセデス・モラーン
Nadja Uhl
エルネストの父 ジャン=ピエール・ノエル
Jean=Pierre Noher

(配給:日本ヘラルド映画)
 


 もしこの映画が、まず何よりも事実に忠実であろうとする作品であるならば、われわれはその物語に感動を覚えると同時に、時代がいかに変わってしまったのかを痛感させられていることだろう。グローバリゼーションによって外部が失われつつある時代に、このように純粋に世界を発見することはもはや不可能に近い。そして、エルネストがやがて身を投じる革命の時代ももはや過去のものとなりつつあるからだ。

 しかし、サレス監督は、事実に忠実であることを優先しているわけではない。先述した「The Guardian Interviews」には、「2003〜4年の南米の現実は、エルネスト・ゲバラが本に描いた現実ととてもよく似ている」という発言もある。つまり彼は、エルネストの物語を歴史の呪縛から解き放ち、現代との隔たりを消し去ろうとするのだ。

 この映画では、エルネストとアルベルトの南米縦断の記録が独自の視点から読み直され、原作にはない物語の流れが生みだされている。その流れの手がかりとなるのは、チチーナがエルネストに渡す15ドルだ。この15ドルのエピソードは、原作のひとつである『モーターサイクル南米旅行日記』には見当たらないが、映画ではエルネストの内面の変化と深く結びついている。アルベルトは、エルネストが寝込んだり、バイクが故障したりするたびに、15ドルを使おうと持ちかける。それは、エルネストが15ドルを何に使うのかを際立たせる役割を果たす。

 その15ドルの行方は、船旅のさなかに明らかにされるが、そこでインディオの夫婦と15ドルの関係が重要になってくる。エルネストはなぜ彼らにそれを渡したのか。決して彼らの悲惨な境遇に同情したからだけではない。インディオの夫婦は、エルネストたちが旅する理由を知って、思わず顔を見合わせる。地上げ屋によって祖父の代から引き継いできた土地を追われ、危険な鉱山で働くことを余儀なくされている夫婦には、放浪など考えられないことなのだ(原作には、「あてもなくさまよい歩いている僕らの寄生生活に対する軽蔑」という表現がある)。エルネストは、そんな夫婦に対して、ただ放浪し、15ドルという逃げ道を持っている自分を心のなかで恥じている。だから15ドルを彼らに渡すのだが、もちろんそれだけで彼の気持ちが治まるわけではない。

 インディオの夫婦と別れたエルネストは、世界から見離され、虐げられた人々を見つめるようになる。そして、過去に実在したエルネストは、そんな現実に対する答としてやがて革命家としての道を歩むことになるわけだが、この映画の彼は、ドラマのなかでひとつの答を出す。それは、アマゾン川の急流を泳いで渡るということだ。彼は、人と人を隔てる壁を越えるという明確な目的を持ち、逃げ道のない状況に身を投じる。

 サレス監督は、チチーナが属する上流階級の世界から旅立ったエルネストが、命懸けで急流を乗り切り、ハンセン病患者のもとに至るという象徴的な流れを作り、物語を完結させることによって、歴史を越え、現代に訴えかける神話的な世界を作り上げているのだ。

《参照/引用文献》
『チェ・ゲバラ モーターサイクル南米旅行日記』エルネスト・チェ・ゲバラ●
棚橋加奈江訳(現代企画室、1997年)

(upload:2005/05/29)
 
 
《関連リンク》
『セントラル・ステーション』 レビュー ■
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