モルグ / ナイトウォッチ
Nattevagten / Nightwatch


モルグ――1994年/デンマーク/カラー/107分/ヴィスタ/ドルビーステレオ
ナイトウォッチ――1997年/アメリカ/カラー/102分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
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(初出:『ナイトウォッチ』劇場用パンフレット、若干の加筆)

 

 

欲望と死者の世界、心理が複雑に絡み合う迷宮

 

 同じ監督が自分の作品をリメイクするというのはそうそうあることではないが、この『ナイトウォッチ』はそんな珍しいケースから生まれた異色のスリラー映画だ。デンマーク人のオーレ・ボールネダルは、テレビ界で活躍した後、94年に自ら脚本を書いた『モルグ』で監督デビューを飾った。この『モルグ』はデンマークのみならず海外でも大きな注目を集め、ボールネダルはアメリカのミラマックスと3作品の契約を結ぶことになった。そのアメリカ進出の第1弾となるのが、出世作『モルグ』をリメイクした『ナイトウォッチ』なのだ。

 オリジナルの『モルグ』は、ポスト冷戦時代に登場してきた新世代のヨーロッパ映画を紹介する企画“ユーロ・ニューオーダーズ”の一本として2、3年前に日本でも公開され、その時点ですでにリメイクの話が決定していたのだが、確かにこの映画にはアメリカのスリラー映画とは異質な面白さがあると思った。それはたとえば、モルグという近寄りがたい世界を舞台にしたり、屍姦というタブーを盛り込みながら、ブラック・ユーモアを交えて巧みにドラマを組み立て、人間の欲望や心の闇を描きだすセンスだ。

 そのセンスは、同じデンマークの監督で、『エレメント・オブ・クライム』や『奇跡の海』といった作品で世界的に評価されているラース・フォン・トリアーが93年に監督したテレビ・シリーズ『キングダム』にも通じるものがある。日本でも話題になったのでご存知の方も多いと思うが、このシリーズでは、コペンハーゲンにある巨大病院という聖域を舞台に、謎解きの物語が展開していくかに見える。ところが、気づいてみるとその謎の周囲にたむろする人間たちの実態が強烈なブラック・ユーモアを通して浮き彫りにされ、病院に象徴される権威や秩序が崩れていく。

 『モルグ』も連続殺人事件や屍姦、娼婦との危ういゲームをめぐって異様な静寂と闇に包まれたモルグに混乱が生じることによって、絶対的に見えた聖域の秩序が崩壊していく面白さがある。

 また『キングダム』には、舞台となる巨大病院が、かつて洗濯池だった湿地帯の上に建てられ、長年のあいだに地下からひたひたと侵食されつつあるというような設定があった。『モルグ』でも、謎めいた男の写真が壁に張られた夜警室や昔起こった屍姦のことをいわくありげに話す前任の夜警の老人などが印象的に描かれ、ヨーロッパ的な時間のよどみがかもしだすゴシック的な雰囲気がドラマを際立たせている。

 『ナイトウォッチ』は、そんな『モルグ』をかなり忠実にリメイクしている。一見したところでは、キャストやセットで作られたモルグが豪華になったことを除けばあとは何も変わっていないように感じられるかもしれない。しかしオリジナルとリメイクでは、作品全体から受ける印象が異なる。それはドラマのポイントが違うところにあるからだ。

 『モルグ』は、モルグを舞台としたスリラーであると同時に、主人公マーティンと親友イェンス、それぞれの恋人であるカリンカとロッテというふた組のカップルの関係にも重点が置かれている。

 映画は、4人が集まってワインを飲みながら楽しく話をしているところから始まる。テレビが連続殺人事件のニュースを報じているときに、誰かがワインのボトルを倒してしまい、テーブルに流れる赤ワインが血を連想させる。それが後できわどいブラック・ユーモアになる。

 ロッテは教会の侍者をつとめていて、3人は聖体拝領の儀式を受けるためにその教会を訪れる。ところが二日酔いだったイェンスは儀式の最中に、キリストの血を意味するワインを無理に飲んで気分が悪くなり、教会のなかで吐くというとんでもないことをしでかし、ロッテに大恥をかかせてしまう。

 これは実にきわどいユーモアだが、イェンスの神をもおそれぬ危ないキャラクターをよく物語り、結果的に彼は痛い思いをして罰があたることになる。そしてこの映画では、事件がすべて解決した後で、最後にふた組のカップルが一緒に結婚式を挙げることになる。つまり『モルグ』の方には、主人公たちが若さにまかせて道を踏み外し、悪夢のような事件に巻き込まれるが、最後には落ち着くところに落ち着くといったドラマの流れがある。


―モルグ―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   オーレ・ボールネダル
Ole Bornedal
撮影 ダン・ローストセン
Dan Laustsen
編集 カミラ・スクーセン
Camilla Skousen
音楽 ソート・ソル
Sort Sol
 
◆キャスト◆
 
マーティン   ニコライ・コスター=ワルドー
Nikolaj Coster-Waldau
カリンカ ソフィエ・グロベル
Sofie Grabol
イェンス キム・ボドニア
Kim Bodnia
ロッテ ロッテ・アンデルセン
Lotte Andersen
ジョイス リッケ・ルイーズ・アンデルソン
Rikke Louise Andersson
ピーター ウルフ・ビルガード
Ulf Pilgaard
-
(配給:オンリー・ハーツ=アスク講談社)
 
―ナイトウォッチ―

◆スタッフ◆
 
監督/脚本   オーレ・ボールネダル
Ole Bornedal
脚本 スティーヴン・ソダーバーグ
Steven Soderbergh
撮影 ダン・ローストセン
Dan Laustsen
編集 サリー・メンケ
Sally Menke
タイトル・デザイン カイル・クーパー
Kyle Cooper
音楽 ヨアキム・ホルベック
Joachim Holbek
 
◆キャスト◆
 
マーティン   ユアン・マクレガー
Ewan McGregor
クレイ警部 ニック・ノルティ
Nick Nolte
ジェイムズ ジョシュ・ブローリン
Josh Brolin
キャサリン パトリシア・アークエット
Patricia Arquette
マリー ローレン・グレアム
Lauren Graham
ジョイス アリックス・コロムゼイ
Alix Koromzay
ビル警部補 ジョン・C・ライリー
John C. Reilly
当直医 ブラッド・ドゥーリフ
Brad Dourif
-
(配給:松竹富士)
 
 
 
 
 
 
 

 これに対して『ナイトウォッチ』は、ポイントをスリラーの部分に絞り込んだところから、ドラマが組み立てられている。映画は、客のリクエストに応じて死体の真似をする娼婦が無惨に殺害される場面から始まり、連続殺人事件が冒頭からクローズアップされる。『モルグ』では夜警室の前は狭い廊下だったが、このリメイクではだだっ広いホールになり、そのホールが闇に包まれると小さな夜警室は心もとない空間に見えてくる。

 しかも、建物の入り口や外の巨木は奇妙なシートで覆われ、それが風にはためきホールの闇をさらに不気味なものにする。また、モルグの扉が内側からは開けられないという設定も加わり、閉塞感と緊迫感を高めている。この映画では、そんなふうに空間を観客に意識させながら、主人公マーティン、親友ジェイムズ、クレイ警部の心理が掘り下げられていく。

 そこで筆者が注目したいのが、この映画の脚本にボールネダルとともにスティーヴン・ソダーバーグの名前がクレジットされていることだ。ソダーバーグは、環境や記憶と心理の関係を独特の映像スタイルで描き、異彩を放っている監督である。たとえば、『セックスと嘘とビデオテープ』には、ビデオというメディアを通して登場人物たちの虚像と実像の距離を計測しようとするような視点がある。

 『蒼い記憶』では、過去の記憶や現在の周囲の世界が犯罪に走る主人公の心理に広げる波紋を透明な眼差しで見つめていく。そして新作の『アウト・オブ・サイト』では、回想や刑務所、デトロイトやフロリダなど舞台となる場所それぞれを異なるトーンやムードで撮り、観客にドラマの背景となる空間を意識させる。そんな彼のセンスは、この映画の脚本にも反映されているように思える。

 この映画は、謎が解け、事件が決着をみても、『モルグ』のようにそれですべてが丸くおさまるのではなく、独特の余韻が残る。それは、犯罪であるか否かにかかわらず、ある一線を越えて欲望がエスカレートしていく人間の心理が掘り下げられているからだろう。

 ジェイムズは、ジョイスと出会ったことで一線を越え、マーティンの名前を語って金の力で彼女をどこまでも思い通りにしようとする。そんな彼と、一線を越えて死者の世界に踏みだし、死体を思い通りにしようとする行為が、見方によっては紙一重の微妙な違いしかないと思わせるものがある。マーティンは、ジェイムズとクレイ警部の心理が複雑に絡み合う迷宮に引き込まれ、翻弄されていくことになる。この映画を魅力的なものにしているのはそんな微妙な心理劇なのだ。


(upload:2011/12/16)
 
 
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