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女性監督サマンサ・ラングの初監督作品「女と女と井戸の中」にも、ふたりの女たちの確執が描かれる。但し、彼女たちは同世代ではなく、それぞれに新旧の女性の立場を反映している。中年の女ヘスターは、殺伐とした荒野のなかにある農場で父親とふたりで暮らしている。彼女は家政婦として若い娘キャスリンを雇い、
この娘の奔放さに惹かれていく。ヘスターがどんな世界を生きてきたのかは彼女の父親の姿から察することができる。彼は、鍵束を首にさげて世界を仕切っている。そして、キャスリンが現れると品定めするように痩せた体を見つめ、彼女が男を喜ばせる役にすらたたない能無しであることを言外に匂わせるのだ。
しかしこの父親は間もなくこの世を去り、鍵束を受け継いだヘスターは、娘に引きずられるように消費の快楽に溺れ、農場の大半を売り払い、その片隅に残る小屋で暮らしはじめる。そんなある日、キャスリンが夜道で男を轢いてしまい、ヘスターは遺体を小屋の前にある井戸に放り込む。
ところが、小屋に隠してあった全財産が消えてしまい、轢いた男が泥棒だったのかどうかをめぐってふたりのあいだに疑惑と確執が生まれ、現実と幻想が錯綜していく。
これまで父権性社会の牢獄に押し込まれてきたヘスターは、無意識のうちに相手を所有しようとする。逆に父権性社会の制約からは自由ではあるが、拠り所となるモデルを見出せずに転々と旅をつづけてきたキャスリンは、無意識に所有されることを拒む。そんなふたちの感情が激しくせめぎあうことになる。
その確執の果てにヘスターはあらゆるものを失うが、そのとき映画の冒頭から映像(=彼女の世界)を覆っていたブルーのベールが消え去る。それは彼女が所有の呪縛から解き放たれ、初めて世界を自分の肌で感じる瞬間を意味しているのだ。
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