リトル・チルドレン
Little Children


2006年/アメリカ/カラー/137分/シネスコ/ドルビーデジタルDTS・SDDS
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(初出:『リトル・チルドレン』劇場用パンフレット)

 

 

イエーツの世界から『リトル・チルドレン』に続く道

 

 トッド・フィールド監督の『リトル・チルドレン』の原作は、トム・ペロッタの同名小説だが、プロダクション・ノートの監督のコメントによれば、彼は当初、別の小説の映画化を考えていたという。それは、リチャード・イエーツが1961年に発表した『Revolutionary Road』だ。この小説は、現在でも注目される重要な作品であり、『リトル・チルドレン』の世界に繋がる要素もあるため、ここでその内容を確認しておくべきだろう。

 アメリカでは第二次大戦後から50年代にかけて、激しい勢いで郊外化が進んだ。人々は、緑の芝生のある一戸建てが整然と並ぶ清潔で閑静な郊外住宅地に憧れ、続々と郊外に転居していった。その当時、この急速に拡大する郊外の世界は、文学とは無縁のものと思われていた。誰もが同じ夢を同じように共有する世界は、あまりにも平凡に見えたからだ。しかし、郊外の世界には複雑な葛藤があった。そして、そんな現実にいち早く着目した作家のひとりが、リチャード・イエーツだった。

 彼の代表作『Revolutionary Road』の舞台は、コネティカット州西部にある郊外住宅地で、時代は1955年に設定されている。主人公は、間もなく30歳になるフランクと29歳のエイプリルのウィーラー夫妻。彼らには6歳の娘と4歳の息子がいて、2年前にそこに引っ越してきた。だが、彼らは郊外の生活に馴染むことができない。

 かつて演劇学校に通っていたエイプリルは、住人が結成した劇団でヒロインに抜擢されるが、にわか劇団の公演は散々な結果に終わる。ひどく傷ついた彼女は、夫と口もきかなくなる。一方、フランクの悩みはもっと深刻だ。彼は大学時代から、成績が良くても、自分の存在が希薄であることに悩み、自分探しの時間を必要としていた。ところが、子供ができ、それが間違いでなかったことを証明するために二人目を作り、退屈な仕事につき、退屈な郊外に家を買うことになった。そんな夫婦は、かつての夢と現実の狭間で引き裂かれていくことになる。

 筆者は冒頭で、この小説が現在でも注目されていると書いたが、その実例を挙げるのは難しいことではない。フィールドは映画化権を得られなかったが、この小説は、サム・メンデス監督、レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット主演で映画化が進められ、アメリカで2008年末に公開が予定されている。

 さらにもうひとつ、女性作家A・M・ホームズがこの小説にインスパイアされて書いた小説『Music for Torching』にもぜひ触れておきたい。主人公であるワイス夫妻は、ふたりの息子と郊外に暮らしているが、退屈や欲求不満から、自宅に火をつけたり、不倫に走ったりと突飛な行動を繰り返していく。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   トッド・フィールド
Todd Field
原作/脚本 トム・ペロッタ
Tom Perrotta
製作 アルバート・バーガーロン・イェルザ、トッド・フィールド
Albert Berger, Ron Yerxa, Todd Field
製作総指揮 パトリック・パーマー、トビー・エメリッヒ、ケント・オルターマン
Patrick Palmer, Toby Emmerich, Kent Alterman
撮影監督 アントニオ・カルヴァッシュ
Antonio Calvache
編集 レオ・トロンベッタ
Leo Trombetta
音楽 トーマス・ニューマン
Thomas Newman
 
◆キャスト◆
 
サラ・ピアース   ケイト・ウィンスレット
Kate Winslet
キャシー・アダムソン ジェニファー・コネリー
Jennifer Connelly
ブラッド・アダムソン パトリック・ウィルソン
Patrick Wilson
ロニー・マゴーヴィー ジャッキー・アール・ヘイリー
Jackie Earle Haley
ラリー・ヘッジス ノア・エメリッヒ
Noah Emmerich
リチャード・ピアース グレッグ・エデルマン
Gregg Edelman
メイ・マゴーヴィー フィリス・サマーヴィル
PhyllisSomerville
シーラ ジェーン・アダムズ
Jane Adams
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(配給:ムービーアイ)
 
 
 

 彼らは、何か尋常ではないことが起こってほしいと思う一方で、自分たちはまったく普通なのだと言い聞かせて不安を消し去ろうともする。また、隣人が最低であるなら、同じ生活をしている自分たちも最低だと思う一方で、隣人が自分たちより少しでもきちんとしているのを見ると、自分たちが致命的な失敗をしたかのように怯える。そしてついには、自分たちが子供になったように感じ、なぜ不倫しているのかすらわからなくなっていく。

 『リトル・チルドレン』は、『Revolutionary Road』から広がるこうしたヴィジョンと対比してみると、主人公の立場やテーマがより明確になることだろう。サラは、公園でおしゃべりをしている郊外の主婦たちと自分は違うと思っている。確かに、大学で文学を専攻していた彼女には教養がある。しかしだからといって、郊外の主婦たちと異なる人生を送っているわけではない。

 ブラッドは、家庭のなかで自分の存在が希薄になっているのを感じている。友人のラリーに誘われてアメフトのチームに入った彼は、若い頃のような活力を取り戻すが、だからといってそれが前向きな人生に繋がるわけではない。ふたりはそれぞれに、自己のアイデンティティを見出すことができず、郊外の人間関係のなかでジレンマに陥っている。だから、ハグとキスという突飛な行動をとり、不倫関係になる。

 さらにこの映画では、そのサラとブラッド、そしてロニーとラリーの立場が巧みに対置されている。性犯罪の前科があるロニーは、コミュニティのなかで孤立している。過去の過ちに苛まれるラリーは、コミュニティに受け入れられてはいるが、内心では孤立を感じている。彼がロニーに対して執拗に嫌がらせを繰り返すのは、自分がコミュニティに帰属していることを確認するためでもあるが、そんな行動が彼をいっそう孤立させていく。しかし、ロニーとラリーは、たとえひとりになっても、コミュニティを去ろうとはしない。彼らには他に行き場がないからだ。一方、サラとブラッドは、自身の問題を家族やコミュニティに転嫁し、そこから逃げ出そうとする。

 そんな4人が交錯するラストは素晴らしい。彼らはそれぞれに、心や身体の痛みを通して自分に目覚め、“リトル・チルドレン”から大人へと脱皮していくのだ。

《参照文献》
"Revolutionary Road" by Richard Yates●
(Vintage Contemporaries, 1961)
"Music for Torching" by A. M. Homes●
(WEISBACH MORROW, 1999)

(upload:2007/12/15)
 
 
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