精神
MENTAL


2008年/アメリカ=日本/カラー/135分/16 : 9/ステレオ
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(初出:「キネマ旬報」2009年6月下旬号)

先入観を取り払えば、あらゆるものに発見がある

 想田和弘監督は、“観察映画”という独自の発想とスタイルによって、ドキュメンタリーに新風を吹き込んでいる。観察映画には、ナレーションもテロップも音楽もない。だから観客は、スクリーンに映し出される世界をそれぞれに観察し、解釈することになる。このスタイルは一見シンプルに見えるが、そこには深い意味がある。

 大きな注目を集めた2007年の『選挙』に続く第二弾『精神』は、観察映画とは何かをあらためて考えてみるうえでも興味深い作品だ。この映画でまず観客の関心が向かうのは、これまでタブーとされてきた精神科にカメラを入れたこと、そして、素顔で出ることを了承した患者だけにカメラを向けているためにモザイクがかかっていないことだろう。それらは確かに重要ではあるが、必ずしも観察映画の本質ではない。

 では本質とは何なのか。先述した観察映画のスタイルを踏まえるなら、とりあえず映画の舞台に注目したくなる。「こらーる岡山」は、鍵のない開かれた精神科診療所で、併設された作業所では職員と患者が一緒に働いている。診療所や作業所の先生や職員は白衣や制服を着ているわけではないので、よく見ていないとカメラがとらえた人物が職員なのか患者なのかもわからない。しかも、診療所の代表を務める山本先生は、自分がどうすればよいのか答えを求める患者に対して、答えを押しつけるのではなく、小さなメモにヒントになることを書き、患者自身が考え、選択するように仕向ける。

 そんな映像を観ていると、想田監督が、観察映画のスタイルが最大限の効果を発揮するような格好の舞台を見つけ出したのだと思いたくなる。つまり、そこに本質があるということだ。しかし、監督にインタビューして、まったく違うことがよくわかった。


◆スタッフ◆
 
監督/撮影/録音/編集/製作   想田和弘
製作補佐 柏木規与子
 
◆キャスト◆
 
    「こらーる岡山」のみなさん
-
(配給:アステア )
 

 想田監督は、映画の撮影に入る前にリサーチをしないし、こういうものを撮りたいとも思わないようにしている。『選挙』のときには、大学時代のクラスメートだった山さんの立候補を知り、ほとんど準備もなく撮影に入った。『精神』の場合は、想田監督自身が大学時代に燃え尽き症候群と診断されたことがあり、心の病に関心は持っていたが、だからといってリサーチをしたわけではない。義母を通して「こらーる岡山」の存在を知り、そこで撮影することにした。だからカメラを回す前に撮影の許可は得るが、監督自身も目の前にいるのが患者なのか、家族なのか、職員なのか最初はわかっていない。山本先生についてもほとんど何も知らなかった。

 ということは、別の舞台を選んでいたとしたら、まったく違う映画になり、テーマすら変わってくることになる。突き詰めれば、想田監督は、題材やテーマに新鮮さや面白さを求めてはいない。では、観察映画に一貫性をもたらしているのは何なのか。それを明らかにするためには、彼の映画について考える以前に、現代のメディアの在り方に目を向けるべきだろう。想田監督は、メディアと個人の関係をこのように語っていた。

受け手がいつも噛み砕かれた流動食のようなものばかりを食べさせられて、咀嚼力がどんどん弱くなっていくという状況があると思うんです

 確かに今の日本では誰もが、自分の頭で考え、解釈するのではなく、消化のいい情報を吸収し、それを単純に確認するためにものを見ることに慣らされている。想田監督はそんな現実に対して、情報や先入観に縛られることなく対象にカメラを向け、よく見ていけば、あらゆるものに発見があると考える。

 実際、『選挙』と『精神』は、想田監督が個人的なコネクションで知った小さな世界を扱っているにもかかわらず、そこからは選挙や心の病といった題材を超えた大きな世界が切り開かれていく。『選挙』では、組織やシステムに順応していく人々の姿が、『精神』では逆に、組織やシステムの外に追いやられた人々の姿が浮き彫りになる。想田監督は、観察映画を通して社会と個人の関係やコミュニケーションの在り方を掘り下げ、日本社会の一面を鮮やかに描き出しているのだ。


(upload:2009/11/09)
 
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