世界にひとつのプレイブック
Silver Linings Playbook


2012年/アメリカ/カラー/123分/スコープサイズ/ドルビーデジタルSR・SDDS
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(未発表)

 

 

病気と治癒という二元論に取り込まれた男女は
苦しみと向き合うことで自分の人生を取り戻していく

 

 マシュー・クイックの同名ベストセラーをデヴィッド・O・ラッセルが映画化した『世界にひとつのプレイブック』については、この監督とヒロインを演じるジェニファー・ローレンスが好きなだけに、非常に楽しみにしていたが、少し心配もしていた。「People」誌で「世界一セクシーな男」に輝いたブラッドリー・クーパーと、飛ぶ鳥を落とす勢いのジェニファー・ローレンスが、ともに心を病んだ主人公を演じるというのは、さすがに鼻白むのではないかということだ。

 結果からいえば、それは杞憂に終わった。ラッセルの前作『ザ・ファイト』は、もともとマーク・ウォールバーグの企画で、友人であるラッセルが監督を引き受けたため、ラッセル作品としては少し物足りなく感じるところがあった。この新作では、ラッセル自身が脚本も手がけ、しっかりと彼の世界になっている。

 妻の浮気が原因で心を病んだパットは、家も仕事も妻もすべてを失い、精神科に入院していた。いまは実家で両親と暮らしながら、社会復帰を目指してリハビリに励んでいる。なんとか妻と復縁したい彼は、彼女の理想の夫になろうと努力するが、妻は接近禁止令を解いてくれない。

 そんなときパットは、近所に住むティファニーと偶然に出会う。彼女は被害妄想から過激な発言や突飛な行動を繰り返し、パットを振り回す。実は彼女も交通事故で夫を亡くし、心に傷を抱え、精神科の世話になっていた。そんなティファニーは立ち直るためにダンスコンテストへの出場を決意し、彼を強引にパートナーにして練習を開始する。

 この映画は、観客の笑いを誘うほどにユーモラスで軽やかな展開をみせるので、評価されるにしてもされないにしても、心を病んだ男女を主人公にした一風変わったラブコメのように安易に位置づけられかねない。

 しかし、物語の鍵を握る心の病に関して、アラン・V・ホーウィッツ&ジェローム・C・ウェイクフィールドの『それは「うつ」ではない:どんな悲しみも「うつ」にされてしまう理由』やゲイリー・グリーンバーグの『「うつ」がこの世にある理由:作られた病の知られざる真実』、デイヴィッド・ヒーリーの『抗うつ薬の時代:うつ病治療薬の光と影』、『双極性障害の時代:マニーからバイポーラーへ』など、たくさんの本が出版されていることの意味を考えてみる必要があるだろう。

 この映画で筆者がまず注目したいは、パットとティファニーがダイナーで話をする場面だ。彼らは、これまでそれぞれが精神科によって処方され、服用してきた薬の名前を挙げていく。そんな姿をどう見るかによって、この映画の魅力も変わってくることになる。

 先に列記した本の一冊、ゲイリー・グリーンバーグ『「うつ」がこの世にある理由:作られた病の知られざる真実』には印象的な記述がたくさんあるが、そのなかから三ヶ所ほど引用してみたい。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   デヴィッド・O・ラッセル
David O. Russell
原作 マシュー・クイック
Matthew Quick
撮影 マサノブ・タカヤナギ
Masanobu Takayanagi
編集 ジェイ・キャシディ
Jay Cassidy
音楽 ダニー・エルフマン
Danny Elfman
 
◆キャスト◆
 
パット   ブラッドリー・クーパー
Bradley Cooper
ティファニー ジェニファー・ローレンス
Jennifer Lawrence
パット・シニア ロバート・デ・ニーロ
Robert De Niro
ドロレス ジャッキー・ウィーヴァー
Jacki Weaver
ダニー クリス・タッカー
Chris Tucker
クリフ医師 アヌパム・カー
Anupam Kher
ジェイク シェー・ウィガム
Shea Whigham
ヴェロニカ ジュリア・スタイルズ
Julia Stiles
ニッキ ブレア・ビー
Brea Bee
-
(配給:ギャガ)
 

「うつの問題で私たち全員が行き当たった岐路は重大極まりないものであり、本書では、私たちがここに立ち至った背景や、不幸せに感じるのは病気であるという見方を普通に受け入れるようになった経緯を示していく。いや、それだけではない。私たちはみなさんを説得したいのだ。抗うつ薬とそれが治療する病気について考えなくてはいけないのは、不幸せな気分を解消するために薬を飲むべきかどうかだけではない。不幸せな気分を臨床的うつ病と呼ぶのが、ほんとうにまっとうなことなのかどうかだけでさえない。私たちはいったい何者で、どのような人間になりたいのか、人間であるとはどういうことだと思っているのか――それを考える必要があることを、みなさんにも気づいてもらいたいのだ」

「アメリカは幸福の追求に捧げられた、この世で最初の国であるとトマス・ジェファーソンが宣言して以来、私は十分幸せだろうかという問いは、アメリカ人が内省するときの主題となっている。一方、私が十分幸せでないのは、病気だからだろうかという問いは、過去二〇年ほどの間に出てきたにすぎない。この意味で、うつ病は作られたのだ」

「ある種の苦しみが病気であるというときには必ず、苦しみが存在するという観察の範囲を超えることになる。そして、苦しみは私たちの世界にふさわしくない、苦しみがなければもっと人生が良くなる、私たちは苦しみのない人生を送るべきだと主張するのに等しい。苦しみを症状に変え、症状を病気に変え、病気を治癒すべき異常に変えるとき、医師たちは科学者だけではなく道徳哲学者の役割も担っている。苦しみのもとは根絶するべきだと主張するのは、私たちが送っているべき人生にとってそれが有害であると主張することにもなる」

 パットとティファニーは、不幸せで苦しんでいるが、それを病気と判断されてしまうことは、別な意味で不幸なことなのかもしれない。この映画の皮肉なユーモアのひとつは、パットとロバート・デ・ニーロが演じる彼の父親シニアのコントラストから生み出される。

 シニアの世界はアメフト中心に動いているといっても過言ではない。彼は、以前にスタジアムで引き起こした暴力沙汰が原因で、出入を禁じられている。頭に血がのぼって手が出てしまうばかりではなく、彼と家族が再出発するために資金まで、ゲームの勝敗に賭けてしまう。うつ病が作られたもので、パットがそこに含まれてしまっただけだとするなら、私たちは、パットよりもシニアの方が病気なのではないかと考えることもできるはずだ。

 いずれにしても、パットとティファニーは、ダンスの練習に打ち込むことで、作られた病気の世界から抜け出していく。お互いに哀しみ、苦しんでいることが人間として当たり前のことになっていくといってもいい。

 そして、なんといっても素晴らしいのが、クライマックスとなるダンスコンテストだ。参加者たちは、決められた基準で採点される。しかし、パットとティファニーの基準とゴールはちょっと違う。それだけに、あたかも優勝したかのように狂喜するふたりと、狐につままれたような表情をみせる他の参加者たちのコントラストが、この上なく痛快なものになる。

 先述したグリーンバーグは同書でこのようにも書いている。「うつ病医と、彼らのスポンサーである製薬会社は、私たちに対して出すぎたことをしてきた。彼らは、人生とは何のためにあるのか、人生について私たちがどう感じるべきなのか、あなたや私と同じ程度しかわかっていないのだから」

 パットとステファニーが苦しみと向き合うことは、病気と治癒という二元論から抜け出し、自分の人生を取り戻していくことにも繋がる。私たちはそのことに深く心を揺さぶられるのだ。

《参照/引用文献》
『「うつ」がこの世にある理由:作られた病の知られざる真実』ゲイリー・グリーンバーグ●
柴田裕之訳(河出書房新社、2011年)

(upload:2013/10/14)
 
 
《関連リンク》
デヴィッド・O・ラッセル・インタビュー 『ハッカビーズ』 ■
『アメリカン・ハッスル』 レビュー ■
『スリー・キングス』 レビュー ■
『アメリカの災難』 レビュー ■

 
 
 
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