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この映画の前半部で、ジャックの前に広がるのは、人が人を信じたり、受け入れたりすることができなくなった殺伐とした世界だ。湾岸戦争の戦場で少年の姿を目にしたジャックは、救いの手を差し伸べようとする。だが少年は、彼を撃ち、瀕死の重傷を負わせる。車の故障で立ち往生しているジーンとジャッキーの母子に出会ったジャックは、車を修理するが、母親は彼を追い払うように車を出す。ヒッチハイクで旅を続ける彼は、いつの間にか殺人犯に仕立てあげられている。精神病院のベッカー医師は、彼を矯正治療の実験台にしようとする。患者のルーディーは、妻を何度も殺そうとして、病院に入れられた。そして、戦場でジャックを撃った少年は、重い病のために自由を奪われている。
もちろん、少女のジャッキーが、ジャックに親近感を示したり、女医のローレンソンが、彼の病状を気遣うということはある。だが、彼女たちには、状況を変えるだけの力がない。運命の歯車は、ただただ悪い方向へと回転していくかに見える。しかし、そんなドラマには、運命を変える可能性を秘めた種が蒔かれている。それは、ジャックがジャッキーにプレゼントしたドッグ・タグ(認識票)だ。
このドッグ・タグの意味は単純ではない。ジャックは、ジャッキーからドッグ・タグのことを尋ねられたときに、「自分が誰か忘れたときのために」と説明する。だが、この言葉には、皮肉な響きがある。ドッグ・タグに刻み込まれたジャック・スタークスとは一体何者なのか。この映画で注目しなければならないのは、ジャックという人間や彼の過去についてほとんど何も語られないことだ。ドラマには、彼の親も、兄弟も、友人も、恋人も登場しない。彼がこれまでどのような道を歩んできたのか、何の情報も提示されない。
しかし、ドッグ・タグは別の意味を持ち、そこからユニークなアイデンティティの探求が始まる。ジャックは、クリスマス・イヴに未来へと旅立ち、成長したジャッキーに出会う。ジャックが彼女の部屋でドッグ・タグを発見するときには、すでに日にちも変わっている。ドッグ・タグによれば、12月25日は彼の誕生日であり、そんな日に彼女から、彼が1月1日に死ぬことを知らされる。その宣告は、ジャックにとって新たな始まりともなる。このドラマにおいて、過去を持たないに等しい存在だったジャックは、誕生日から新たな人生を歩み出し、限られた時間のなかでゼロからジャック・スタークスになろうとする。彼は、他者の運命に積極的に関与し、それを変えることで、自分を確認する。
メイブリーは、世界を分かつ様々な境界を、皮肉な転倒を演出することで、巧妙に切り崩していく。ジャックは、戦場で頭部を負傷して一度死に、死体安置所の引き出しのなかで新たな生の可能性を見出し、再び頭部を負傷して二度目の死を迎える。過去のない男、あるいは実験台にされた男にとって、過去と未来、現実と妄想の境界には、もはや大した意味はない。そして、そんな境界を越えた空間からは、確かにジャック・スタークスの人生が浮かび上がってくるのだ。 |