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この映画で最初に耳に突き刺さってくるのは、ものが砕け散る音と男のわめき声だ。その音は、アル中の父親が食器を片っ端から投げまくり、母親に当り散らす光景に繋がる。隣の部屋では、兄と妹が眠れぬ夜を過ごす。翌朝になると彼らは、父親から荒れ果てた部屋の片づけを命じられる。
マティ・リッチが弱冠19歳にして監督、脚本、製作を手がけた「ストレート・アウト・オブ・ブルックリン」の舞台は、ブルックリンにあるレッド・フック低所得者用住宅だ。ガソリンスタンドで働く父親は、家族を悲惨な生活から救いだすことができないジレンマのなかで、白人社会を憎悪し、己の不甲斐なさを忘れようとアルコールに頼り、週末ともなると母親に当り散らす。母親は職安に通い、臨時の仕事をもらう日々を送る。主人公である兄のデニスは、そんな生活のなかで、映画のタイトルが示すように"ブルックリンからおさらばする"ことを夢見ている。しかし、どうにも出口を見出せない彼は、ヤクの売人の金を強奪し、その結果家族を争いに巻き込み、家族は崩壊していく。
80年代のニューヨークは、金持ちを優遇し弱者を切り捨てるレーガン政権に完全に同調し、マンハッタンでは不動産や投資のブームが巻き起こり、ジェントリフィケーションが進み、ヤッピーやホームレスが時代を象徴する存在となった。このように貧富の差が拡大していくなかで、川を隔てたブルックリンの低所得者用住宅では、貧しい家族が確実に追いつめられていく。監督のマティ・リッチは、そんなドラマを、観る者が逃げ場を失うような、生々しいリアリティで描きだしていく。
しかしリッチは、単にリアリズムに徹しているわけではない。実は映画のタイトルには、痛烈な皮肉が込められている。それは、出て行くことばかりで頭がいっぱいになり、強盗をはたらき、家族を破滅させるくらいなら、とっとと自分の足元を見ろという前向きなメッセージである。
映画を作るにあたって資金難を抱えていたリッチは、ニューヨークのラジオ局に行き、黒人の投資家を募った。彼はラジオを通して、黒人たちが郊外に流出することによって、いっそう悲惨な状況に陥っていくゲットーの問題を提起した。「なぜ、作るのではなく、出ていかなければならないのか」、「なぜ、ここにとどまって自分たちの庭を作ることができないのか」と訴えたのだ。その結果、最終的に7万ドルもの資金が集まり、映画の制作が可能となった。
言うまでもなく、彼の主張の背景には、黒人社会の二極分化という問題がある。それを10代の若者が提起するのには驚かされるが、彼の主張は実体験から導きだされている。彼は実際にレッド・フック住宅で少年時代を過ごし、父親はある中で暴力をふるった。映画と違うのは、母親の判断で母子は、レッド・フックを出て生活する道を選んだことだ。ところが、仲間が残っている街が忘れられない彼は、頻繁にレッド・フックに舞い戻り、そこでバイクを盗んだ友人が刑務所で死亡するという悲劇に遭遇し、この映画を作る決意を固めたという。彼はひとたび外に出たにもかかわらず、あるいはそれゆえに、都市を建て直そうという結論に至った。そんな体験が、二極分化という深刻な問題に立ち向かう彼の姿勢に比類なき強度をもたらしているのだ。
ところで、この映画にはジョナサン・デミが少し絡んでいる。「羊たちの沈黙」の編集作業中にデミは、別の編集ルームで作業を進めるリッチと知り合い、親しくなり、ポストプロダクションの資金調達が可能な会社を紹介したという。しかもデミは、生まれたばかりの自分の子供に、この映画にちなんで"ブルックリン"という名前をつけたという。デミは88年の「サムシング・ワイルド」で、80年代ニューヨークを象徴するヤッピーにとんでもない試練を与え、彼を路上に引き出し、人間性を甦らせて見せた。そんなデミは、「ストレート・アウト・オブ・ブルックリン」に刻み込まれたリッチのメッセージに、深い共感を覚えたに違いない。
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