ドゥ・ザ・ライト・シング
Do the Right Thing


1989年/アメリカ/カラー/120分
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(初出:「CITY ROAD」1990年、若干の加筆)

 

 

現実を見つめる驚くほど冷静な眼差し

 

 筆者は、これまでのスパイク・リー作品のなかでは、『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』や『スクール・デイズ』よりも、その前の中篇『ジョーズ・バーバーショップ』の方が、この監督の力量がストレートに出ているように思う。 前者では人物設定や展開に図式的なコントラストが目立つのに対して、後者ではブルックリンにある床屋を舞台に、当たり前の日常がまったく当たり前でなくなっていく過程が、さり気ないスケッチとして生き生きと描かれているからだ。 新作の『ドゥ・ザ・ライト・シング』は、この後者にあった彼のセンスを存分に見せつけてくれるという意味で、これまでのなかで最高の作品だと断言できる。

 スパイク・リーという人は、映画から一歩外に出ると、当たり前に過激な発言が目立つ。特に今回の作品については、実際に起こった事件がもとになっていることとか、昨年ニューヨークで激しい賛否両論を巻き起こしたことなどから、 彼が黒人への人種差別に対して黒人の立場にたって真っ向から糾弾するから偉いのだというような、実に短絡的な評価が前面に出てしまうきらいがある。ところが彼の本当に凄いところというのは、映画の外にあるのではなく、 映画となると別人のように緻密で冷静な眼差しが際立つところにある。とにかくこの『ドゥ・ザ・ライト・シング』を観ると、彼のあまりにも冷静なスタンスのとり方に驚きを覚えてしまうのだ。

 しかし、彼のセンスにうなるのは、あくまで映画が終わり、少し頭を冷やしてからのことである。というのもこの映画はのっけから、パブリック・エネミーの <ファイト・ザ・パワー> をバックに(映画の登場人物のひとりでもある)ロージー・ペレツがギンギンに踊りまくる。 そのダンスを、映画の舞台となるブルックリンの黒人街ベッド-スタイにあるラジオ局のDJが引き継ぐという展開で観客を引き込む。しかも映画にはNYの先端サウンドがあふれているとなれば、まずはのってしまうしかないだろう。

 ベッド-スタイのとてつもなく暑いある夏の一日を描くこの映画は、冒頭でも少し触れたように、この黒人街で商売をしていたり、通りをうろうろしている人物を、ユーモラスにスケッチしていくような軽さのなかで、確実にストーリーを紡いでいく。 どんな人間がいるかというと、まずはスパイク・リー扮するムーキー。何をやっても長続きしないバイト生活に明け暮れ、仕事の手抜きばかり考えている彼は、この黒人街の一角にあるピザ屋で宅配の仕事をしている。

 それから、このピザ屋を経営しているイタリア人のサルと店を手伝うふたりの息子。 サルは自分の店の壁に、シナトラとかデ・ニーロといったイタリア系スターの写真しか貼らない頑固者だが、一方では近所の連中が自分のピザで大きくなったことを誇りに思ってもいる。息子たちはというと、兄のピノは黒人街を”猿の惑星”と言ってはばからない人間で、 弟のヴィトはムーキーと仲がよく、いつもピノに丸め込まれるお人好しでもある。

 それから、窓辺に座って道行く人々を見守る”街の母”マザー・シスター。その日暮らしの飲んだくれだが、けっこうプライドを持っているダ・メイヤー。彼のことをバカにする今時の若い連中4人組。活動家気取りで口は達者だが、 決してひとりでは相手に手を出すことができないバギン・アウト。巨大なラジカセを持ち歩き、パブリック・エネミーの<ファイト・ザ・パワー>しかかけないラジオ・ラヒーム。


◆スタッフ◆

監督/脚本/製作
スパイク・リー
Spike Lee
撮影 アーネスト・ディカーソン
Ernest Dickerson
編集 バリー・アレクサンダー・ブラウン
Barry Alexander Brown
音楽 ビル・リー
Bill Lee

◆キャスト◆

サル
ダニー・アイエロ
Danny Aiello
ダ・メイヤー オジー・デイヴィス
Ossie Davis
マザー・シスター ルビー・ディー
Ruby Dee
ヴィト リチャード・エドソン
Richard Edson
バギン・アウト ジャンカルロ・エスポジト
Giancarlo Esposito
ムーキー スパイク・リー
Spike Lee
ラジオ・ラヒーム ビル・ナン
Bill Nunn
ピノ ジョン・タトゥーロ
John Turturro
エム・エル ポール・ベンジャミン
Paul Benjamin
ティナ ロージー・ペレス
Rosie Perez

(配給:UIP)
 


 ピザ屋の向かいでスーパーを繁盛させているのは、ボートピープルから身を起こした若い韓国人夫婦。ピザ屋のはす向かいでは、街の賢人気取りの3人組が、ビーチパラソルの下で一日中なにもせず、ただマイク・タイソンや向かいの韓国人の悪口を言って過ごしている。

 映画はまさにそんなスケッチで進んでいく。それでは何も起きないのかといえば、決してそうではない。コミカルに見えるスケッチが、あれよあれよという間に、警官による黒人殺害と、黒人たちによるピザ屋襲撃という大惨事にエスカレートしていくのである。

 この映画のなかには、黒人街を猿の惑星と呼ぶような人間はいても、誰ひとりとして大惨事を引き起こせるような差別意識とパワーを持った人間はいない。ところが、猛暑が、 街のなかでそれぞれにライト・シング(正しい事)をやっていると信じている住人たちの、そのライト・シングを少しずつ増幅していく。

 バギン・アウトは、ピザ屋の壁に黒人の写真がないことに腹を立て、ピザ屋のサルはラジオ・ラヒームのラジカセの大音響に怒る。イタリア人のピノが黒人の悪口を連発すれば、ムーキーがそれに応戦し、別の黒人は韓国人の悪口を言い、白人の警官は、 狭い部屋に大勢で暮らしているプエルトリコ人を悪く言い、韓国人は儲けまくるユダヤ人の悪口を言う。ここらへんはほとんどラップののりである。そして、致命的な差別が存在しないにもかかわらず、そこからは、結果だけを見れば非常に単純で図式的な人種差別という認識で語られてしまうような事件が起こってしまうのだ。

 また、そんな展開に音楽が絶妙のフォローを見せる。特に、映画のオープニングを飾り、劇中でもラジオ・ラヒームのラジカセから流れつづけるパブリック・エネミーの<ファイト・ザ・パワー>は、どうしたって印象に残る。見逃せないのは、スパイクがこの曲を最後に流すのが、 燃えるピザ屋の場面だということだ。地道な商売をしているピザ屋を燃やすことが、パブリック・エネミーのこの曲のメッセージに対する”ライト・シング”ではないことはいうまでもない。

 近作におけるスパイクのメッセージは、『スクール・デイズ』のラストや映画の冒頭のラヴ・ダディのDJを聴けばわかるように、"Wake Up"である。この新作でも、至るところにそんな覚醒をうながすための伏線が盛り込まれている。

 たとえば、映画の中盤には、ラジオ・ラヒームが、路上でサルサを流しているプエルトリコ人のグループとにらみ合い、自分のラジカセのパワーに物を言わせてサルサを蹴散らす場面がある。これはその時にはけっこう可笑しい場面だが、パブリック・エネミーのラップの皮肉な使い方を経たあとでは、苦々しいものに変わる。 また、この映画には、『スクール・デイズ』のラストのように、あからさまな「Wake Up」という台詞こそないが、暴動の翌朝、静けさを取り戻した街の背景に流れる音楽には注目しておくべきだろう。これは映画の冒頭のラップとは対照的に、ブランフォード・マルサリスのサックスをフィーチャーし、 ホーン・セクションとストリングスが絶妙に溶け合うナンバーになっている。この映画のサントラを持っている人ならおわかりのように、この曲には<Wake Up Finale>というタイトルがついているのである。

 こうしてスパイクは、”ライト・シング”とか”ファイト・ザ・パワー”といったキーワードを宙吊りにし、覚醒をうながしてしまうのだ。しかも彼は、映画の最後の最後に、暴力を否定するキング牧師と防衛のための暴力を否定しないマルコムXのメッセージを引用してみせる。 その解釈は様々だろうが、筆者には、スパイクがそうした両極の意見を云々する前に、もっと身近なところにやるべきライト・シングがあるではないかという静かなメッセージを発しているように思えてならないのである。

 
 
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