ドラキュリア
Dracula 2000


2000年/アメリカ/カラー/98分/シネマスコープ/ドルビーデジタル
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(初出:『ドラキュリア』DVD解説、若干の加筆)

画一的なサバービアを挑発する魔都ニューオーリンズ

 “マスター・オブ・ホラー”と称えられるウェス・クレイヴンが監督や製作を手がけた作品には、サバービアやメディア、人種といった要素と結びついたホラー・イメージを通して、アメリカの深層を垣間見るような魅力がある。

 たとえば、『スクリーム2』の冒頭には、こうした特徴が見事に凝縮されていた。この映画のサントラは、西海岸出身のラッパー、マスターPが都市のゲットーに押し込まれた黒人のタフな日常を浮き彫りにする<スクリーム>から始まり、保守的な土地柄で知られるカリフォルニア州オレンジ郡のサバービアから登場してきたバンド、コットンマウス・キングスの<サバーバン・ライフ>がそれにつづく。

 この2曲の流れはなかなか興味深い。保守的な白人のコミュニティのなかで、疎外された“白人マイノリティ”を自認するコットンマウス・キングスは、自分たちの立場をゲットーの黒人にダブらせ、苛立ちや怒りを“エボニックス(黒人英語)”とヒップホップで表現するからだ。

 さらに映画の導入部も、そんな音楽と呼応している。この映画は、前作『スクリーム』で描かれた事件が映画化され、それが劇場で公開されるところから始まる。劇場の入り口に並ぶ観客のなかには黒人のカップルがいて、彼女は白人の娯楽であるホラー映画のお決まりのパターンに反感を持っている。本当は黒人監督が現実を描くブラック・ムーヴィーを観たいと思っているのだが、軽薄な彼氏に強引に誘われ、ホラーを観るはめになったのだ。

 劇場のなかは、“スクリーム”のトレードマークとなった白いマスクをした若者たちが、スクリーンで展開されるお決まりのパターンにはしゃぎまくっている。だが、そんな大騒ぎのなかでこの黒人のカップルが何者かに惨殺されてしまう。

 サントラの2曲のコントラスト、そして不気味なマスクが闇に踊る劇場のなかで繰り広げられる惨劇からは、黒人社会の現実と外部の世界に対する認識を欠いた閉塞的なサバービアにうごめくダークな感情の異様なズレが浮かび上がり、アメリカの深層が見えてくる。

 クレイヴンが製作総指揮にあたった『ドラキュリア』も例外ではない。この映画の設定は現代だが、導入部はどちらかといえば古典を意識した吸血鬼ものを予感させる。最初の舞台はロンドンであり、吸血鬼退治には欠かすことのできない人物ヴァン・ヘルシングが登場する。

 彼が運営する博物館には、100年前に捕らえた吸血鬼が封印されているが、窃盗団が吸血鬼を眠りから覚ましてしまう。しかし、舞台が変わると映画の雰囲気ががらりと変わる。吸血鬼は自分の血を継承するヘルシングの娘に会うため、彼女が住むニューオーリンズに現れる。その後のドラマは、古典からはほど遠い現代的なゴス・ワールドになる。

 サントラには、スレイヤー、パンテラ、ゴッドヘッド、ディスターブドといったメタル、ヘヴィー・ロック、インダストリアル・ゴスのバンドが顔をそろえ、重くダークな空気を醸しだす。ドラマでは、そんなサントラを強調するかのように、吸血鬼のお目当ての娘がCDショップで働いている。しかしそれ以上に興味深いのは舞台だ。

 ニューオーリンズといえば、アメリカに新しい吸血鬼ブームを招来した作家アン・ライスの拠点である。そこで筆者が思い出すのは、アン・ライスの伝記や読本などを手がけてきたキャサリン・ラムスランドが98年に出版した『Piercing the Darkness』のことだ。これは、現代のアメリカに様々なかたちで広がる吸血鬼のネットワークやゴス・カルチャーを取材したノンフィクションである。

 そのなかで著者は、ニューオーリンズがいかに吸血鬼に相応しい街であるかを力説しているが、それ以前にこの本の流れが映画と符合している。この本の大きなポイントになっているのは、現代の吸血鬼文化の源は、もはやブラム・ストーカーではなくアン・ライスであり、それを支えているのはX世代だということだ。X世代という言葉はすでに消費され尽くしているので、画一的なサバービアの閉塞状況のなかで出口を求めている世代と言い換えてもよいだろう。


◆スタッフ◆
 
監督/原案   パトリック・ルシエ
Patrick Lussier
原案/脚本/製作 ジョエル・ソアソン
Joel Soisson
製作総指揮 ウェス・クレイヴン、マリアンヌ・マッダレーナ
Wes Craven, Marianne Maddalena
撮影 ピーター・パウ
Peter Pau
編集 ピーター・ディヴァニー・フラナガン、パトリック・ルシエ
Peter Devaney Flanagan, Patrick Lussier
音楽 マルコ・ベルトラミ
Marco Beltrami
 
◆キャスト◆
 
ヴァン・ヘルシング   クリストファー・プラマー
Christopher Plummer
サイモン・シェパード ジョニー・リー・ミラー
Jonny Lee Miller
マリー・ヘラー ジャスティン・ワデル
Justine Waddell
ドラキュリア ジェラルド・バトラー
Gerard Butler
ルーシー コリーン・アン・フィッツパトリック
Colleen Ann Fitzpatrick
ソリーナ ジェニファー・エスポジト
Jennifer Esposito
マーカス オマー・エプス
Omar Epps
トリック ショーン・パトリック・トーマス
Sean Patrick Thomas
ナイトシェイド ダニー・マスターソン
Danny Masterson
ヴァレリー・シャープ ジェリー・ライアン
Jeri Ryan
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(配給:アスミック・エース)
 

 但し、アン・ライス以後の世代では、吸血鬼を恐怖の象徴とみなすのではなく、むしろ疎外された自己の立場を投影する傾向が強かったのに対して、この映画の吸血鬼の存在はちょっと違う。そこでもう1冊、注目したい本がある。

 アメリカで活躍するルーマニア出身の亡命詩人で、小説『血の伯爵夫人』(国書刊行会)の著者としても知られるアンドレイ・コドレスクが98年に出した『Hail Babylon!』を読むと、ニューオーリンズとサバービアの対比がいっそう明確になる。これは、コドレスクによる世紀末のアメリカ都市巡りともいうべきノンフクションだが、その背景にはサバービアがある。果てしない郊外化のなかで、都市は文化交流や生活の場から表層的な観光地と化し、死滅しかけている。だからこそ彼は都市を見直そうとする。

 コドレスクがそうした都市のなかでも深い思い入れを持ち、実際に暮らしているのがニューオーリンズだ。本書のなかで生き生きと描かれるこの街は見事なまでに堕落し、荒廃している。殺人事件の数は全米でトップに立ち、警官たちが次々と凶悪な犯罪に走り、著名なイタリア人女性が失踪し、バトン・ルージュの市長がホテルで怪死し、連続殺人鬼が徘徊し、マルディグラには人々が露出狂と化す。犯罪はどこの都市にもあるが、ニューオーリンズではすべてが闇に満ちた歴史や文化と密接に結びつき、異彩を放っている。

 要するにこの都市は、明るく、過去も未来もないサバービアの対極にあり、それゆえダークなエキゾティシズムやロマンティシズムの源ともなる。『ドラキュリア』のニューオーリンズは、リアルというよりはそんなサバービア的な想像力から生み出されている。ドラマはキリスト教の祝祭であるマルディグラを背景に、吸血鬼の正体をめぐってニューオーリンズをさかのぼり、大胆な解釈を打ち出す。そこには、画一的で求心力を欠いたサバービアに対するB級娯楽映画の挑発的なスタンスを見ることができる。

《参照/引用文献》
“Piercing the Darkness: Undercover with Vampires in America Today”
by Katherine Ramsland●

(Eos, 1998)
“Hail Babylon!: American City at the End of Millennium” by Andrei Codrescu●
(St. Martin’s Press, 1998)

(upload:2010/09/18)
 
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