美しい人
Nine Lives  Nine Lives
(2005) on IMDb


2005年/アメリカ/カラー/114分/ヴィスタ/ドルビーデジタル
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(初出:「キネマ旬報」2006年7月上旬号)

 

 

執着を捨て、喪失を受け入れ、完結する生

 

 ロドリゴ・ガルシアの初監督作品『彼女を見ればわかること』では、ロサンゼルス郊外に暮らす女たちそれぞれに訪れるささやかな転機が、背景や細部に繋がりを持つ5つの物語を通して描き出される。第2作の『彼女の恋からわかること』では、10人の女たちが、自宅のなかでカメラ(あるいは、友人やセラピストかもしれない他者)に向かって、恋愛やセックス、結婚などの体験を語る。

 そして、新作の『美しい人』では、階層も人種も年齢も異なる女性たちそれぞれの人生の断片が、ワンシーン・ワンカットで撮られた9つの物語を通して描き出される。

 ガルシアが短編という形式にこだわるのは、プレスに収められた彼のインタビューにあるように、「文学的な環境で育った」ことが影響している。しかし、彼が監督になる前に、10年以上もカメラオペレーター、撮影監督として活動してきたことも無視するわけにはいかない。カメラマンは、全体の物語を踏まえたうえで、ひとつのシーン、そのシーンにおける登場人物の在り方、人物を取り巻く空間の細部により感覚や神経を集中させていくことだろう。

 長編映画には、明確な設定があり、物語が展開し、結末が示される。具体的な情報が多くなるほど、ひとつのシーンにおける視覚的な表現は制約される。だが、短編であれば、情報は削られ、人生の断片を切り取った映像から、語られないもの、見えないものを想像させる可能性が広がる。ガルシアは、できるだけ具体的な設定や物語に依存することなく、そこに存在する主人公たちに迫り、その心の動きをとらえようとしてきたといえる。

 そして、そんな彼の方法やスタイルは、確実に進化している。『彼女を見ればわかること』の物語は、主人公たちの現在に重点が置かれていた。それぞれに自立し、社会的な責任を背負う彼女たちは、様々な出来事をきっかけに女としての自分を強く意識する。この映画では、彼女たちの不可解ともいえる行動を通して、心の揺れがとらえられていた。

 これに対して、『彼女の恋からわかること』では、彼女たちの過去に重点が置かれ、ガルシアのスタンスも、彼がカメラマンであったことを想起させる。具体的には描かれない過去は、われわれの想像力を刺激する。だが、この映画の場合は、“動き”という重要な要素が欠けていた。

 新作の『美しい人』では、描かれない過去が生かされ、動きの問題がクリアされ、完成度が高められている。この映画の世界は、実に緻密に構成され、これまで以上に一貫性を持ったひとつの作品になっている。但し、それは、ある物語の登場人物が別の物語にも登場し、背景が繋がっていくということではない。『彼女を見ればわかること』にも、そういうアイデアが盛り込まれていた。

 この映画の9つの物語は、起点から終点に至るひとつの流れを形作っていく。それがどんな流れなのかといえば、第9話のマリアの台詞がヒントになるだろう。墓地で猫を目にした彼女は、猫にはほんとに命が9つあるのかと母親のマギーに尋ねる。映画の原題(“Nine Lives”)とも結びつく「猫に九生あり(A cat has nine lives.)」という諺は、簡単には死なない猫のしぶとさ、生への執着を表わしている。その“執着”は、この映画のキーワードとなる。この映画には、9人の女性たちの後ろ髪を引かれるような想い、容易には拭い去ることのできない過去への執着が描かれているからだ。


◆スタッフ◆

監督/脚本   ロドリゴ・ガルシア
Rodrigo Garcia
製作 ジュリー・リン
Julie Lynn
製作総指揮 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
Alejandro Gonzalez Inarritu
撮影監督 ハビエル・ペレス・グロベット
Xavier Perez Grobet
編集 アンドレア・フォルプレヒト
Andrea Folprecht
音楽 エド・シェアマー
Ed Shearmur

◆キャスト◆

サンドラ   エルピディア・カリーロ
Elpidia Carrillo
ダイアナ ロビン・ライト・ペン
Robin Wright Penn
ホリー リサ・ゲイ・ハミルトン
Lisa Gay Hamilton
ソニア ホリー・ハンター
Holly Hunter
サマンサ アマンダ・セイフライド
Amanda Seyfried
ローナ エイミー・ブレネマン
Amy Brenneman
ルース シシー・スペイセク
Sissy Spacek
カミール キャシー・ベイカー
Kathy Baker
マギー グレン・クローズ
Glenn Close
マリア ダコタ・ファニング
Dakota Fanning
-
(配給:エレファント・ピクチャー)
 

 彼女たちの執着が生み出す流れには、大きな分岐点がある。それは、9つの物語の真ん中にあるサマンサの物語だ。この第5話の前と後では、主人公の立場や執着から切り開かれるヴィジョンに明確な違いがある。

 第2話のダイアナは、昔の恋人に出会って心が揺れるが、その結果、お腹の子供にあらためて未来を感じる。第3話のホリーが、父親と向き合い、過去を清算しようとするのは、そうしなければ彼女が未来に踏み出せないからだ。第4話のソニアは、夫とともに家庭を築き上げていくために、中絶という心の傷を乗り越えなければならない。この前半の物語には、若さと未来がある。そして、彼女たちは、まだ母親ではない。

 このように書くと、ふたつの疑問が生じるはずだ。まず、第1話のサンドラをどう位置づけるのか。彼女は服役していて、娘が面会にやって来るのだ。筆者はこのように考える。彼女は今まで母親らしいことをしてこなかったが、服役したことで自分を見つめ直し、これから母親の道を歩もうとしているのだと。

 もうひとつは、第5話のサマンサの位置づけだ。彼女も若く、未来があり、母親ではないのに、どうして彼女の物語が分岐点になるのか。なぜなら、彼女の両親は直接言葉を交わすことがなく、彼女は、娘でありながら、家族をまとめる母親の役割を果たすことを余儀なくされ、先が見えない状況にあるからだ。

 そんな状況が分岐点となるということは、当然、後半の物語では、母親の立場や老いが際立つことになる。第6話のローナは、すがりつく元夫を、女として受け入れるのではなく、母親のように包み込む。第7話のルースは、女と母親の間で揺れ、母親であることを受け入れる。第8話のカミールは、肉体ではなく、精神的な絆に目覚めていく。

 そして、映画を締め括る第9話では、流れの起点となった第1話とのコントラストが生きてくる。このふたつの物語では、母親と娘の絆が、母親の視点から描かれる。ガルシアは、そんな物語を起点と終点に据え、母親の共通する想いが、複数の物語の流れを経て、どのように深まるのかを描き出している。

 サンドラは、刑務所という壁によって隔てられているがゆえに、娘への想いがいっそう募り、自制心を失う。一方、第9話では、マギーの目の前に娘のマリアがいる。だが、そこは墓地であり、実はふたりは、すでに時間という壁に隔てられている。マギーは、そんな壁に抗うことをやめ、執着を消し去り、喪失を静かに受け入れていく。そして、彼女たちの“九生”が完結するのである。


(upload:2007/11/11)
 
 
《関連リンク》
『彼女を見ればわかること』(1999)レビュー ■
『パッセンジャーズ』(2008)レビュー ■
『愛する人』(2009)レビュー ■
『アルバート氏の人生』(2011)レビュー ■
 
 
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