ユッスー・ンドゥール 魂の帰郷
Retour a Goree / Return to Goree


2006年/スイス/カラー/112分/英語・フランス語
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(初出:Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ 2009年2月3日更新、加筆)

 

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“ブラック・アトランティック”を想起させるロード・ムーヴィー
ディアスポラとしての黒人の音楽とアイデンティティをめぐって

 

 ニューヨークを拠点に活動するベーシスト、メルヴィン・ギブズが率いるユニット、エレベイティド・エンティティのアルバム『エンシェンツ・スピーク』(09)では、ディアスポラとしての黒人の音楽的(歴史的/文化的)なルーツが強く意識され、アフリカとアフロ・ブラジリアン、アフロ・キューバン、アフロ・カリビアン、アフロ・アメリカンの音楽が融合していく。

 同じくニューヨークを拠点に活動するプロデューサー/ギタリスト/音楽評論家のグレッグ・テイト率いるバーント・シュガー・ジ・アーケストラ・チャンバーのアルバム『メーキング・ラヴ・トゥ・ザ・ダーク・エイジズ』(09)には、アフリカからアメリカへの奴隷貿易にインスパイアされた三部構成の<Chains and Water>という大作が収められている。

 こうしたアプローチは、“ブラック・アトランティック”という連結関係を想起させる。ポール・ギルロイは『ブラック・アトランティック』のなかで、それを以下のように説明している。

その歴史的連結関係とは、感覚し、生産し、コミュニケートしあい、記憶する構造のなかで離散した黒人たちが創出し、しかしもはや黒人たちだけが占有して いるわけではない立体音響的で、二重言語的で二重の焦点を持った文化の形式のことである。この構造のことを、私はさらなる発見のためにブラック・アトラン ティック[黒い大西洋]世界と呼んだのだった

 ピエール・イヴ・ボルジョー監督の『ユッスー・ンドゥール 魂の帰郷』は、そのブラック・アトランティックを対極の視点から見つめる作品と見ることもできるだろう。

 これは、セネガル出身のユッスー・ンドゥールが、かつて奴隷貿易の拠点だった母国のゴレ島を訪れ、そこを起点としてアメリカやヨーロッパへと奴隷貿易から生まれた音楽の軌跡をたどり、ジャズを通して自分の音楽を再確認していくロード・ムーヴィーだ。


◆スタッフ◆
 
監督/脚本   ピエール・イヴ・ボルジョー
Pierre-Yves Borgeaud
脚本 エマニュエル・ジェタ
Emmanuel Getaz
プロデューサー ジャン・ルイ・ポルシェ
Jean-Louis Porchet
撮影 カミーユ・コタヌー
Camille Cottagnoud
編集 ダニエル・ジベル
音楽 ユッスー・ンドゥール、モンセフ・ジュヌ、ハーモニー・ハーモニアーズ
Youssou N’Dour, Moncef Genoud
 
◆キャスト◆
 
    ユッスー・ンドゥール
Youssou N’Dour
  モンセフ・ジェヌ
Moncef Genoud
  アイドリス・ムハンマド
Idris Muhammad
  ジェームズ・カマック
James Cammack
  モンク・ブードロー
Monk Boudreaux
  グレゴア・マレ
Gregoire Maret
  ピエン・スレッギル
Pyeng Threadgill
  アーニー・ハムメス
Ernie Hammes
  ブバカル・ジョセフ・ンジャイ
Boubacar Joseph Ndiaye
  アミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)
Amiri Baraka
  カルファ・ディオロ
Karfa Diallo
-
(配給:アルシネテラン)

 ユッスーは、チュニジア出身でヨーロッパで活動してきた盲目のピアニスト、モンセフ・ジェヌを音楽のガイドとして、アトランタ、ニューオーリンズ、ニューヨーク、ルクセンブルクなどを巡り、最後にゴレ島へと戻っていく。そんな旅のなかでは、アトランタのゴスペル・シンガー、W・マイケル・ターナーJr.、ニューオーリンズのドラマー、アイドリス・ムハンマド、ニューヨークのベーシスト、ジェームズ・カマックなどと、セッションや対話が繰り広げられる。

 その様々な出会いのなかに、筆者が特に注目したい関係がある。アトランタ、ニューオーリンズに続くニューヨークで、ユッスーと仲間のミュージシャンたちがリハーサルをしているスタジオにアミリ・バラカ(リロイ・ジョーンズ)が現れ、詩を朗読する。それから今度はユッスーがアミリの自宅を訪問し、奴隷貿易や黒人音楽について語り合う。

 そんな光景を観ながら、筆者はユッスーとスパイク・リーとアミリ・バラカの繋がりについて考えていた。

 かなり昔のことになるが、1991年にユッスーは、“偉大なアフリカン・アメリカン・ミュージックの遺産を拡大する”というスパイクの主張に共鳴し、彼が設立した新レーベルと契約し、92年にアルバム『アイズ・オープン』を発表した。同じ91年、そのスパイクは、マルコムXの生涯を映画化する企画をめぐって、アミリ・バラカと彼が率いる「マルコムXの遺産を守る統一戦線」から激しい攻撃を受けていた。アミリは、“中流のニグロの自己満足のためにマルコムを犠牲にすることを許すわけにはいかない”という表現で怒りをぶつけた。

 当時は、社会進出を果たして中流化した黒人とゲットーに取り残された下層の黒人の二極分化が問題になっていた。スパイクは中流の出身だった。そして、伝記『マルコムX』の前書きには、「マルコムの主張は、抑圧された黒人の下層大衆にアピールする一方、黒人の中流は彼のことを激しく嫌悪し、恐れた」とある。

 では、そんな状況や批判に対して、スパイクはどう対処し、どんな映画を作ればよかったのだろうか。同じように中流の出身で、人種と階層のはざまでジレンマに陥った作家のシェルビー・スティールは、その著書『黒い憂鬱』のなかで、90年代の黒人の在り方を以下のように提示している。

六〇年代に被害者的アイデンティティが黒人の必需品になった理由は、集団的行動を強調する必要があったからである。だが、人種的向上が個人的向上の程度によって決定されるようになった九〇年代以降、被害者的アイデンティティは我々を停滞させているにすぎない。結局は、勤労、教育、個人の行動力、安定した家庭生活、私有財産の所有を手段にして、アメリカ社会における地位向上を果たしてきたのが少数民族の流儀である。過去であれ現在であれ、被害者になったという事実があるにしても、この社会的向上の「鉄則」は黒人にも当てはまる。そして、向上のための近道はない。現在、我々黒人が必要としているもの。それは、黒人の可能性と責任を同時に教え、個人として生きる力を与える人種的アイデンティティなのである

 スパイクもそんな時代の変化を踏まえた90年代にふさわしいマルコムX像を作り上げるべきだった。しかし、監督であると同時に黒人のスポークスマンという立場にも縛られた彼は、映画『マルコムX』にロドニー・キング事件を引用し、黒人=被害者という人種的アイデンティティによって求心力と結束を生み出そうとするような世界を構築してしまった。

 それから長い年月が流れ、ユッスーとアミリが親交を結ぶことになった。アミリはユッスーに、自分の名前はマルコムXからもらったものだと語る。グリオ(語り部)の血を継承するユッスーと黒人の歴史の語り部ともいえるアミリは、確かに強い絆で結ばれているように見える。

 それでは、いま書いてきたような問題は、乗り越えられたのだろうか。おそらくまだ明確な答えは出されていない。この映画はドキュメンタリーではあるが、ピエール・イヴ・ボルジョーとエマニュエル・ジェタが脚本にクレジットされているように、方向性があらかじめ決められている。その方向性にこの問題は含まれてはいない。問題が意識されていたとしたら、旅の様相も違ったものになっていたかもしれない。

《参照/引用文献》
『ブラック・アトランティック』ポール・ギルロイ●
上野俊哉・毛利嘉孝・鈴木慎一郎訳(月曜社、2006年)
『黒い憂鬱――90年代アメリカの新しい人種関係』シェルビー・スティール●
李隆訳(五月書房、1994年)

(upload:2012/02/05)
 
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