フランク・ヘネンロッター・インタビュー

1990年 東京
line
(初出:「CITY ROAD」)
アメリカン・ジャンク・フィルムへの愛着

 映画「バスケットケース」(82)で、アメリカのミッドナイト・ムーヴィーのサーキットを騒がせたフランク・ヘネンロッター監督が、「バスケットケース2」と「フランケンフッカー」という2本の新作を引っさげて来日した。 ヘネンロッターの作品は、どうしても便宜的にホラーという枠組みで語られがちになるが、彼のコメントからは、アメリカのジャンク・フィルム、あるいはアメリカ映画のダークサイドへの愛着が浮かび上がってくる。

――「バスケットケース」を観たときに、この監督は、ドライブインシアターに通って、オフビートなセンスを身につけた人なのだろうと思ったのですが。

フランク・ヘネンロッター(以下FH) ティーンエイジャーになってからは、ほんとうによく通ったよ。ヘンな映画ばかりだったけど(笑)。お金がなかったから、まずドライブインの反対側から、音は聞こえないんだが画面だけ見て、 それでいいなと思ったら、お金を払って観にいくんだ。わたしは、ラス・メイヤーの「草むらの快楽」にしびれて、何度も観て台詞を全部暗記していて、ドライブインの反対側から観るときは、画面を観ながら自分で台詞を言っていたんだよ。

――「フランケンフッカー」には、アメリカのかつてのいわゆるヌーディー・ムーヴィーのテイストがあると思ったのですが。

FH その通りなんだ。わたしはモノクロのヌーディー・ムーヴィーのコレクターで、あれはチーズケーキと言われるようなピンナップ写真なんかも思い描きながら作ったんだ。たとえば、ガーターベルトとかランジェリーとか、 アナクロに見えるものを逆に現代的なファッションとして提示したつもりだ。だから、セックスそのものを強調しているのではない。わたしは、ポルノは嫌いだし、映画じゃないと思っている。ヌーディー・ムーヴィーにはストーリーというものがあるんだ。


◆プロフィール
フランク・ヘネンロッター
1951年生まれ。14歳の頃から「殺人鬼登場」や「サイコ」といったホラー映画に魅せられ、「サイコ」の主人公の名を拝借し<ノーマン・ベイツ・プロ>なる名前を掲げて8ミリや16ミリ作品を撮っていた。 そのなかの"Slash of the Knife"については、ジョン・ウォーターズの伝説的カルト映画「ピンク・フラミンゴ」の併映作となる予定だったが、内容的に過激すぎるとの製作者の判断から併映からはずされたという逸話がある。 その後、広告関係の仕事をしながら、4年かけて完成させた16ミリ作品「バスケットケース」(82)を35ミリにブローアップして公開したところ、一部マニアから熱狂的に支持され、ヘネンロッターの名は一躍注目されるようになった。
(「バスケットケース2」プレスより引用)


――ドライブインシアターというのは、当時の異色の作家たちが作品を発表できる貴重な場所だったわけですが…。

FH そうだ。なぜかわかるかい。ああいう映画はとても品のいいものとは言えないわけだが、ドライブインというのはティーンエイジャーが逢引の場所に使うだけのことで、映画なんて何だってよかったんだ。 アベックは誰も観てやしない。わたしの場合には、あの手の映画が好きだったから、そういう場所があることはとてもありがたかったけどね。しかし、いまはもうみんなショッピング・モールのミニシアターになってしまったよ。

――「バスケットケース」の最後には、ハーシェル・ゴードン・ルイスに捧ぐ≠ニいうクレジットが入ってますね。

FH ジャンク・フィルムのパイオニアにあの映画を捧げたんだ。あの頃は、まだ誰も彼のことを知らなかったからね。

――「バスケットケース2」で、フリークスたちが女性ジャーナリストを血祭りにあげる展開は、トッド・ブラウニングの「フリークス」をなぞっていますね。

FH その通りだ。「フリークス」を知っている人にこの作品との繋がりがわかってもらえばいいと思ったんだ。「フリークス」でわたしが一番衝撃を受けたのは、結婚式のパーティで、 フリークスたちが巨大な杯を回して花嫁を仲間に加えようとするところだった。だから、「バスケットケース2」のラストをバーベキュー・パーティのシーンにしたんだ。

――どちらの映画にも、正常なるものへの会議という主題があると思いますが。

FH そう。フリークスの方が人間的で、ノーマルな人間の方がいかに残虐かを描いている。観客は誰もが、ベリアルに同情するが、だからといって、ノーマルな人間を殺していいということではない。 そこで、観客の感情に摩擦が起こるんだが、観客は、それぞれどこかで一線を引かなければいけないんだ。

――日本ではちょっと前に、ホラーやアニメのマニアの若者が少女を次々に殺す事件があって、そこでホラー・ビデオなどを規制しようという動きがあったのですが、そのことについてどう思いますか。

FH それは、その若者自身に問題があったんだ。彼は、映画を観なかったとしても、何か事件を起こしたと思う。映画とか写真、芸術というものは、社会や人を変えているんじゃない、 社会とか存在しているものを表現しているだけなんだ。レコードの歌詞や映画、ポルノのせいにする、そういったものをスケープゴートにする社会はばかげている。そういう社会というのは、人種や階級の差別、物欲に動かされているんだ。 たとえば、ジョン・レノンは射殺されたが、その犯人は「ライ麦畑でつかまえて」を読んでレノンを殺さざるを得なかったと発言した。だからといって、文学とか本をみんな燃やしてしまえばいいのか。 ニューヨークでサムの息子と名乗る男が女性を射殺した。彼は、犬からそうしろと言われたと発言したんだ。そうしたら、犬を全部殺すのか。人間というのは、すぐに答を求めたがるものなんだ。特にそんな事件があると、 どうしてそんなことが起こったのか説明がつかないときに、手っ取り早い答に飛びつくんだ。しかし残念ながら、簡単な答も解決法もないと思う。


ご意見はこちらへ c-cross@cside2.com

back topへ




■home ■Movie ■Book ■Art ■Music ■Politics ■Life ■Others ■Digital ■Current Issues


copyright