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「自分ではそこまで深く考えてなかったんですが、言われるとその通りかもしれません。これまで僕が作ってきた映画というのは、普通ここには境界線があると思われるところをどんどん踏み外し、曖昧になっていくというのが確かに多かったし、僕自身それが真実の姿だろうと思っていたふしはあります。いまもその考えに大きな変化があるわけではないのですが、これまでの作品に対して、暗い未来を予感させるという感想があまりにも多かったんです。境界をどんどん壊して、人間の在り方を描いていったときに、結果として非常に暗い未来を予感させていたとしたら、それは僕自身の意図ではないし、心外でもあるので、それなら未来は明るいという前提に立ってみようというのが、この映画を作る動機のひとつになったんです。だから、境界線を新たに引き直してみたのかもしれません。いずれにせよこの映画は、明るい未来とはこういうものですという大それた主張やヴィジョンを提示するものではない。そこまでは僕にはよくわからない。わからないけど、そういう前提に立ったとき、人間がどう見え、どういう関係になり得るのかということです」
黒沢監督の作品では、『復讐 運命の訪問者』『CURE』『蜘蛛の瞳』あたりから、表層的な日常としての郊外住宅地の光景が目につくようになった。『アカルイミライ』でも、おしぼり工場の社長一家が暮らす一戸建てが印象的に描かれ、そこで惨劇が起こる。
「僕も廃墟に住んでいるわけではなく、中途半端にそういうところに住んでいるんですが、わけもなく嫌いですね。まあ、個人的にはああいうインテリアを含めた近代日本の建築物の不愉快さに通じるんだけど。僕の映画では、すべてではないですけど、そういうところに住んでいる人がよく不幸な目にあう。というよりも、わりと普通の人という設定から、まさにおっしゃるように次第に境界がなくなって、最終的には普通ではなくなる、一個の個人となっていく。そういうときに、僕たちのほとんどがそこに住んでいる普通というものの代表として、ああいうものが出てくるんですね。少なくともフィクションの世界では、そこから抜け出してほしいと思うんでしょうね」
『アカルイミライ』で、その普通の対極にあるのが増殖するクラゲの存在だ。クラゲは、それぞれに境界を越えようとする守の父親の真一郎と雄二の間に、対立も含めた父子的な絆を育み、また普通に対する脅威ともなる。
「これはかなり意図的に作ったんですが、世代がどうであれ、彼らが社会のなかにいることを最もわかりやすく示すのが警察の存在で、この映画には意外によく警察が出てくる。法律を犯せば警察は問答無用に動く。前半ではクラゲは一見そこから自由に見えるんですが、後半で人を刺しだすと警察は問答無用で退治しにかかる。それが社会という枠であって、クラゲはさすがにそこから逃げだしますが、人間はいまのところ抜けだせない。その外には何かあるんですが、クラゲのようにはいかず、東京という実に狭いところで共存している。そういうことは、狙ってやりました」
この映画には、先述したふたつの世代の他に、雄二の世代よりもさらに若い十代のグループが登場する。真一郎や雄二がクラゲという異物に近づくためには、特別な力を必要とするが、この少年たちの場合は違う。クラゲと同じように光を放つヘッドセットをつけ、ただ刺激だけを求めてオフィスビルに侵入したり、東京の路上を無目的に彷徨う彼らは、限りなくクラゲに近いものに見える。
「雄二の世代にも、いまの十代の中高生のことはよくわかりません。この少年たちは、まだぜんぜん認識していないかもしれないけど、何か力を秘めているのだと思います。僕のなかでも、彼らとクラゲは果てしなくイコールです。最後に彼らが向かっている方向が、クラゲと同じ海なのか、それとも街なのかはわかりませんが、まあ逃げだすことはできないでしょう。彼らはこれから年をとっていくわけですが、この時点での在り様はクラゲとまったく同じなのかもしれません。
もうひとつクラゲに託したイメージがあって、クラゲのなかでもある種類のものは光るらしいんですが、ただ淡い光なんです。そういうクラゲが暗闇のなかをどこかに流されていく。前をサーチライトのように照らしてはいないけれども、しっかり自分で光を放っている。そんな在り様が、理屈ではなくイメージとして、僕らがどこか未来に向かっていることと似ているのかなと思ったんです」
最後に、黒沢監督の最新作『ドッペルゲンガー』は、どんな映画なのだろうか。
「もう完成してますが、公開はまだ先のことで、ずばりコメディですね。ふざけた映画です。境界は露骨に絡んできますね。これはコメディだから成立した映画なんですけど、ひとつだったものがふたつに割れる。まさにドッペルゲンガー(分身)なんですけど、最終的にそのふたつが融合する。でも、もとに戻るのかというと全然戻らない。むちゃくちゃなものになっています。決して難しいものではなくて、バカ映画なんですけどね」
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