エリック・スティール・インタビュー
Interview with Eric Steel


2007年 渋谷
ブリッジ/The Bridge――2006年/アメリカ/カラー/93分/ヴィスタ
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(初出:「キネマ旬報」2007年7月上旬号)

ひとりの人間が命を絶つまでの時間
――ドキュメンタリー『ブリッジ』

 エリック・スティール監督のドキュメンタリー『ブリッジ』の出発点は、ニューヨーカー誌のライター、タッド・フレンドが2003年10月に発表した「Jumpers(飛び降りる人々)」にある。この記事では、自殺の名所としてのゴールデンゲート・ブリッジが、その歴史から自殺者たちの心理、自殺者の数に注目が集まる社会現象や防止柵設置の必要性に至るまで、多面的に検証されていた。

「タッドのことは前から知っていましたが、あの記事には大きな衝撃を受けました。そのなかで管理局が自殺防止柵を設置していない現状が明確にされていたので、すぐに対策が講じられると思っていました。でも、そうではなかった。時間が経てばみんな忘れるというのが管理局の思惑で、実際その通りになってしまった。しかし、私たちが一年に渡って橋を撮り続け、自殺する人たちの姿をとらえた映像や彼らの家族や友人に取材した映像があると伝えると、管理局の態度が一変しました。亡くなった人たちの家族、精神科医や自殺抑止の専門家と会合を開くようになったのです。実際に映像を見せる前に、彼らは動き出していた。これが紙の媒体と映像の媒体の違いです。映像の場合には寿命も長く、劇場、DVD、ケーブルTVで繰り返し再現され、人々のなかに残っていく。二つの媒体が結びつくことで、変えることができたのではないかと思います」

 これまで編集者や映画のプロデューサーとして手腕を発揮してきたスティールは、この『ブリッジ』で自ら監督を務めた。

「以前は、人が本を書いたり、映画を作る手助けをすることに長けていると自負していたのですが、40歳になる直前に、自分自身で見たものを伝えるべきだと思い立ちました。そしてタッドの記事を読んで、頭から離れなくなりました。私の人生にもいろいろ悲劇的な出来事があったのですが、私の場合は、自殺が頭をよぎったとしても、やはり生きていることが嬉しかった。でも自殺する人たちの存在は、それを一瞬でも考えた自分からそれほど遠くないと強く感じたんですね。それでは、彼らと自分を分ける一線はどこにあるのか。それを突き詰めることが、個人的な問題を見つめなおすことになるのではないかと思いました」


◆プロフィール◆

エリック・スティール
1985年にエール大学を卒業後、ウォルト・ディズニー・ピクチャーズのクリエイティヴ部門で働き始める。後にCinecom社と有数のアート映画の配給会社で部長を兼任。その後方向転換し、Simon&Schuster社で編集者として働き、Harper Collins社では編集主任として、多くの受賞作や有名な小説やノンフィクションを出版する。1995年、Scott Rudin Productionsの副社長に就任し、版権の買い付けや様々な主要な長編作品の製作に関わる。そして、ピュリッツァー賞受賞の大ベストセラーを映画化した『アンジェラの灰』(99)ではエグゼクティブ・プロデューサーを務め、また『救命士』(99)や『シャフト』(00)では共同プロデューサーを務めている。
2003年、自身の会社Easy There Tigerを立ち上げ、ドキュメンタリーや長編映画を製作。なかには、アミー・ロビンソンとの共同制作で、ジュリー・パウエルの同名小説をノーラ・エフロンが脚本・監督した“JULIE/JULIA”などがある。
『ブリッジ』は、エリック・スティールの初監督作となる。
(『ブリッジ』プレスより引用)



 橋を撮り続けることは、戦場カメラマンや、9・11の時にWTCから飛び降りる人々をとらえたカメラマンの立場に通じるように思える。彼は、目の前の現実をどのように認識していたのだろうか。

「その比較はとても適切なものだと思います。実際に9・11の時には、炎に包まれて死ぬよりも飛び降りることを選んだ人々の姿をリアルタイムで目撃していますし、その光景は決して脳裏から拭い去ることができません。そういう経験があるからこそ、投身自殺を図る人々の映像を使うことに対して躊躇はありませんでした。決して露悪的な使い方はしていないと思います。他にも自殺の瞬間をとらえた映像はありましたが、それを使わなかったのは、映画のクルー以外に目撃者がいなかったからです。他にも目撃者がいれば、共有される社会的な体験として、使うことが許されるのではないかという気持ちがありました」

 橋を撮り続けること、自殺した人々に関するリサーチ、彼らの家族や友人へのインタビュー。この映画では、異なる作業がひとつのヴィジョンにまとめあげられているが、どんなプロセスを経てこのような形になったのだろうか。

「作業に取りかかった時には、どのようにひとつの形になっていくのかはっきりしていたわけではありません。ジーンという若者の死を目撃してから、作品の構造が見えてきました。彼は飛び降りるまで93分間、行ったり来たり、立ち止まったりしていました。そこで、ひとりの人間が自ら命を絶つまでの時間のなかに、他の人々の物語を重ねていくような構造になっていったのです。だから、映画のなかで私たちが最初に目撃する自殺者がジーンで、最後に目撃するのも彼で、尺も93分になっています。私にとって重要なのは、自殺にまつわる様々な体験を、プリズムのようにとらえて、観客に感じ取ってもらうことでした」

 この映画でもうひとつ印象に残るのが、ゴールデンゲート・ブリッジの美しさだ。自殺という悲劇とその美しさは、際立ったコントラストを生み出していく。

「ゴールデンゲート・ブリッジは、どこから撮っても画になり、毎日違った姿を見せてくれる壮麗な建築物です。しかしそこには、私たちに見えない部分がある。そこから飛び降りる人や泣きながらたたずむ人がいる。飛び降りた人が残す小さな水しぶきがある。映画の冒頭には、完璧な橋のイメージがあります。そこでジーンが自殺し、その90分後には、さらに美しい橋が浮かび上がる。彼の自殺の直後ではないのですが、偶然、虹が出て、それも映像に収められています。二つの橋のイメージの間からは、これまで見えなかった様々な現実が見えてきます。この映画を観た人たちから、以前と同じように橋を見ることができなくなったと言われます。それがまさに私がやりたかったことなのです」

 



(upload:2007/12/04)
 
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