ショーン・ペン
Sean Penn


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(初出:『シネ・アーティスト伝説』)

なにかリアルでシリアスで、 ジョン・カサヴェテスが
誇りに思ってくれるようなもの

 ショーン・ペンは1960年、カリフォルニア州サンタモニカ生まれ。父親は演出家のレオ・ペン、母親は女優のアイリーン・ライアン。十代のペンは、地質学者、サーファー、弁護士などに憧れていたが、彼の未来を決定したのは、ペギー・フューリーとの出会いだった。

 ニューヨークのアクターズ・スタジオにおけるメソッド演技の指導で実績を上げてきた彼女は、73年にハリウッドにロフト・スタジオを設立した。ペンはそこに入り浸るようになる。「初めてロフトに行ったのは17歳の時のことだった。まったく経験がなく、一番若い生徒だったと思う。ロフトの鍵を持っていて、そこで寝泊りしてた。一日中そこにいた

 ペンのメソッド演技は、『タップス』(81)でデビューすると同時に、撮影現場で注目を集めるようになる。彼は、撮影期間中は登場人物になりきり、登場人物の名前で呼ばれない限り、誰にも答えなかった。

 『初体験リッジモント・ハイ』(82)では、家族や友人にも同じことを要求し、留守電のメッセージも登場人物の名前に変えていた。この映画の現場では、彼が撮影を待つ間に、煙草の火を掌に押しつけるということがあった。彼は、自分が登場人物から抜け出していることに気づき、その心と身体をすぐに取り戻すためにショックが必要だったと説明した。

 『バッド・ボーイズ』(83)では、一般の女性のハンドバッグをひったくろうとしたり、本物の警官に故意にからみ、壁に叩きつけられることで、不良少年になりきった。その後も、『月を追いかけて』(84)、『コードネームはファルコン』(84)、『ロンリー・ブラッド』(85)など、娯楽大作とは一線を画す作品に次々と出演し、エキセントリックかつナイーヴな個性で、若手俳優のなかで異彩を放った。


   《データ》
1981 『タップス』

1982 『初体験リッジモンド・ハイ』

1983 『バッド・ボーイズ』

1984 『月を追いかけて』
『コードネームはファルコン』

1985 『ロンリー・ブラッド』

1991 『インディアン・ランナー』

1993 『カリートの道』

1995 『クロッシング・ガード』
『デッドマン・ウォーキング』

1997 『シーズ・ソー・ラヴリー』

1998 『キャスティング・ディレクター』
『シン・レッド・ライン』

2001 『プレッジ』

2003 『ミスティック・リバー』

(注:これは厳密なフィルモグラフィーではなく、本論で言及した作品のリストです)
 
 

 しかし、マドンナと結婚したことで、彼の人生は狂いだす。プライバシーなどお構いなしにどこまでも付きまとうパパラッチやレポーター、そしてマドンナの派手な交友関係に翻弄された彼は、怒りと嫉妬からたびたび暴力を振るい、逮捕もされ、実力派の俳優ではなくトラブルメーカーとして有名になってしまう。こうした私生活における混乱もあり、演じることに苦痛を覚えるようになったペンは、俳優から身を引き、監督、脚本に専念するという願望を持つようになる。

 ペンの監督デビュー作は『インディアン・ランナー』(91)だが、彼にはそれ以前に監督しようとしていた作品があった。ペンは87年頃に、ジョン・カサヴェテスが自宅で開いていた脚本の朗読会に参加するようになり、ふたりの間で、カサヴェテスが十年前に書き下ろした脚本『シーズ・ソー・ラヴリー』をペン主演で映画化する話がまとまる。

 しかし、この企画は頓挫してしまう。その原因は、肝臓を病んでいたカサヴェテスの体調が悪化したためだが、カサヴェテス自身はこうも語っている。「結局、『シーズ・ソー・ラヴリー』の企画はバラバラに壊れてしまった。ショーンが映画にマドンナを出演させたがったからだ。そんなのは論外だった。大勢の素人俳優と仕事をしてきたけど、どこかで一線を引かなきゃならない!

 どうしてもこの脚本を映画化したいペンは、ハル・アシュビーに話を持ちかけ、承諾されるが、間もなくアシュビーは病に倒れ、亡くなってしまう。89年にカサヴェテスも亡くなったとき、ペンは映画化権を買い取り、自分で監督する決意を固めるが、モノクロで撮ることに固執したため、資金が集まらず、映画化には至らなかった。

 これまでに三本の作品を監督しているペンは、明らかにカサヴェテスの精神や姿勢、宿命を継承している。彼は、『インディアン・ランナー』の編集について、「真実味がない部分は、ストーリー・テリングにとって重要かどうかなど度外視して、すべて切り捨てた」と語り、またテーマについて、「なにかリアルでシリアスで、ジョン・カサヴェテスが誇りに思ってくれるようなものだ」と語っている。

 二作目の『クロッシング・ガード』(95)は、ストリッパーと夜の街に繰り出したり、銃を忍ばせて殺しに向かう主人公の姿や、電話とバスを絡めたディテールなど、カサヴェテスの『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』(76)を強く意識していることがわかる。

 ペンはカサヴェテスのように、人間の内面を掘り下げる糸口として個人的な体験を映画に盛り込んでいる。ブルース・スプリングスティーンの曲<ハイウェイ・パトロールマン>《★1》から脚本を起こした『インディアン・ランナー』には、兄弟の絆や父親になることの怯えが描かれているが、当時、彼の弟のクリスはドラッグ問題で最悪の状態にあり、ロビン・ライトと交際していたペンは、父親になろうとしていた。

 『クロッシング・ガード』の脚本は、別の脚本に行き詰まり、ロビンと子供たちとも別れて暮らしていたペンが《★2》、エリック・クラプトンの息子が転落死したニュースを耳にして一気に書き上げたもので、映画には、当時の家族の状況、過去の飲酒運転による逮捕や暴力沙汰、そして親友チャールズ・ブコウスキーの死《★3》など、様々な喪失の苦悩が反映されている。《★4》

 一方、俳優としてのペンは、『カリートの道』(93)、『デッドマン・ウォーキング』(95)でその実力を発揮し、復活を遂げるが、監督に専念する願望は変わっていなかった。そんな彼が次々と作品に出演するようになった背景には、過去との繋がりがある。カサヴェテスの息子ニックが監督することになった『シーズ・ソー・ラヴリー』(97)《★5》では、ついにエディ役を演じ、製作総指揮も手がけた。

 『キャスティング・ディレクター』(98)《★6》は、戯曲“Hurlyburly”の映画化で、ペンは80年代に舞台の段階から関わっていた。テレンス・マリック《★7》の大ファンだったペンは、かつてこの監督に会いに行き、いつかまた映画を作ることがあったら必ず出演すると約束していたが、『シン・レッド・ライン』(98)でその約束を果たしたのだ。

 そして、最近のペンで注目すべきなのが、監督三作目の『プレッジ』(01)と彼が主演した『ミスティック・リバー』(03)だろう。『プレッジ』では、少女を殺した犯人を追いつづける元刑事を主人公に、内面が鋭く掘り下げられると同時に、神も正義もないアメリカが浮き彫りにされる。『ミスティック・リバー』で、ペンが演じる娘を殺された父親は、深い苦悩を滲ませると同時に、法ではなくコミュニティを仕切る力で罪を裁こうとする。ペンの内面の探求は、個人の枠を越えて、アメリカを視野に収めようとしているように見える。

[註]

《★1》 ペンは『初体験リッジモンド・ハイ』の撮影中に、この映画に出演していたブルースの妹パメラと出会い、婚約していた。ブルースのアルバム『ネブラスカ』に収められたこの曲にペンが最初にインスピレーションを受けたのはこの時期のことだ。パメラは兄に電話し、ペンがこの曲をいつか映画化したいと伝えると、「OK」という答が返ってきたという。

《★2》 ペンとロビンは、『ステート・オブ・グレース』(90)で共演したことがきっかけで交際するようになり、二人の子供をもうけるが、ペンはまだ完全に立ち直っておらず、その関係は不安定で、ふたりは結婚もしていなかった。彼らが結婚したのは96年4月のことだ。

《★3》 『クロッシング・ガード』は、ペンのよき相談相手で、94年3月に亡くなった作家/詩人ブコウスキーに捧げられている。

《★4》 カサヴェテスとの共通点については他にも、デニス・ホッパー、ジャック・ニコルソン、ハリー・ディーン・スタントンといった俳優たちと揺るぎない信頼関係を築き上げていること、俳優として得たギャラを興行的な成功が難しい監督作品を作るための資金に充てていることなどを上げることができる。

《★5》 この作品でペンは、カンヌ国際映画祭主演男優賞を受賞した。

《★6》 この作品でペンは、ヴェネチア国際映画祭主演男優賞を受賞した。

《★7》 マリックは70年代に『地獄の逃避行』と『天国の日々』を発表した後、映画界から遠ざかり、幻の監督といわれていた。ブルース・スプリングスティーンが『ネブラスカ』の世界を構築していくきっかけが、『地獄の逃避行』を観たことだったというのも、不思議なめぐり合わせを感じさせる。

《参照/引用文献》
『ジョン・カサヴェテスは語る』ジョン・カサヴェテス著 レイ・カーニー編集●
遠山純生・都筑はじめ訳(幻冬舎 2000年)
『Sean Penn』Nick Johnstone●
(Omnibus Press 2000)

(upload:2011/12/01)
 
《関連リンク》
ジョン・カサヴェテス ■
ブルース・スプリングスティーン『ネブラスカ』が語るもの ■
『シーズ・ソー・ラヴリー』 レビュー ■
ニック・カサヴェテス・インタビュー ■

 
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