『火星のカノン』&『ごめん』
――『非・バランス』の監督・脚本コンビの新作に注目する



火星のカノン――――――――― 2001年/日本/カラー/121分/ヴィスタ
ごめん―――――――――――― 2002年/日本/カラー/104分/ヴィスタ
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(初出:「Cut」2002年10月号 映画の境界線15)


 

 昨年(2001年)観た邦画のなかで、筆者が最も愛着を持っている作品といえば、それは『非・バランス』だ。ヒロインは中学2年のチアキ。小学生時代にイジメにあった彼女は、「クールに生きていく」、「友だちを作らない」というルールを守ることで何とか自分を支えているが、過去は悪夢となって付きまとってくる。そんな彼女は、ひょんなことからオカマの菊と出会い、変貌を遂げていく。

 この『非・バランス』で脚本を手がけた風間志織が、『冬の河童』以来7年ぶりに監督した新作が『火星のカノン』であり、『非・バランス』で監督デビューを飾った冨樫森の第2作が『ごめん』である。『火星のカノン』は大人の世界を、『ごめん』は子供の世界を扱った作品だが、それぞれに『非・バランス』が脳裏をよぎる部分があり、人と人の関係や距離に対する関心や洞察が際立ち、ふたりの監督の感性や表現が印象に残る。

 『非・バランス』の風間志織の脚本と魚住直子の同名原作の最も大きな違いは、オカマの菊の存在だった。原作でヒロインが出会うのは、アパレルメーカーに勤めるOLで、彼女のなかにはデザイナーになれない屈折感が巣くっているが、ヒロインがこの大人の問題に直接介入することはない。これに対して菊は昔の男の借金を背負い込まされ、自分の店まで手放すはめになる。その男が妻子とのうのうとしているのを目の当たりにしたチアキは、独断で大人の問題に介入する。その行為はある意味で菊をいっそう惨めにするが、その孤独こそが、ふたりの関係を新たな次元へと引き上げる役割を果たすのである。

 『火星のカノン』では、この人と人の関係をめぐって生じる新たな次元が、さらに掘り下げられていく。プレイガイドで働く一人暮らしの絹子は、妻子がある公平と付き合っているが、彼らは火曜日にしか会うことができない。そんな絹子の前に、かつてのバイトの後輩だった聖が頻繁に出没するようになる。彼女は絹子に妙に親切にする一方で、公平との不倫関係には批判的で、彼と別れるように執拗に迫ってくる。聖には、"路上の言葉職人"を自称する真鍋というボーイフレンドがいるように見えるが、実は彼女は、絹子のことが死ぬほど好きだったのだ。

 このドラマでは、意外なところから孤独が生まれ、それが膨らんでいく。絹子は、公平と自分の立場をわきまえ、彼を自分の部屋には上げないというような明確な一線を引いている。ところが聖から不倫を批判されると、逆にその関係に固執するようになり、成り行きで一線を越えてしまう。すると一時的にはこれまで以上の幸福感に浸れるが、その後には寂しさがいっそうつのる。そして、聖の本心がわかると、彼女に驚くほど冷酷になり、さらに不倫関係にのめり込み、無理な期待をし、これまでにない孤独に苛まれる。

 しかし、絹子や聖のこの孤独こそが新たな関係の糸口となる。聖は、絹子をもっとよく知るために公平に迫ることも厭わず、絹子は、真鍋と寝てみることで聖を身近に感じるようになり、やがて新しい愛のかたちの可能性が開けてくる。それは、絹子と聖のふたりだけでは決して作りえなかった関係だが、最後に絹子が見る夢は、人間に孤独がある限りカノンに終わりがないことを暗示してもいるのだ。

 一方、冨樫監督の『ごめん』では、大阪の郊外に暮らす小学6年の少年セイを主人公に、性の目覚めと初恋が描かれる。彼はごくごく普通の男の子だが、この年にしてクラスでいち早くオチンチンから白い"お汁"が出るようになり、しかも、京都の祖父母を訪ねたときに偶然出会ったナオという少女に一目惚れしてしまう。このふたつの大事件にまったく心の準備ができてなかった彼は、戸惑いつつも果敢にチャレンジし、その結果にひどく落ち込むことになる。


―非・バランス―

※スタッフ、キャストは
『非・バランス』レビューを参照のこと

―火星のカノン―

 Kasei no kanon
(2002) on IMDb


◆スタッフ◆
監督
風間志織
脚本 小川智子/及川章太郎
撮影 石井勲
編集 島村泰司
音楽 阿部正也

◆キャスト◆
竹内絹子
久野真紀子
出口公平 小日向文世
時田聖 中村麻美
真鍋辰也 KEE
出口ありみ はやさかえり
 
(配給:アルゴピクチャーズ)

―ごめん―

 Gomen
(2002) on IMDb


◆スタッフ◆
監督
冨樫森
脚本 山田耕大
原作 ひこ・田中
撮影

上野彰吾

編集 川島章正
音楽 大友良英

◆キャスト◆
セイ
久野雅弘
ナオコ 櫻谷由貴花
セイの母 河合美智子
セイの父 國村隼
ナオコの父 斎藤歩
 
(配給:オフィス・シロウズ
/メディアボックス)
 


 冨樫監督の作品の魅力は、人と人の関係や距離が生みだす物語の強度や速度のダイナミズムにある。『非・バランス』でいえば、それは、菊から贈られた緑色のコートをまとったチアキが、固い決意を胸に自転車を飛ばす姿に集約されている。チアキと菊の出会いのきっかけになるのは、面白半分に騒がれてすぐに忘れ去られる"緑のオバサン"の噂話だが、それが彼らの関係を通して揺るぎない物語としての強度を備え、チアキを後押しし、逞しく変貌を遂げる彼女の速度となるのだ。

 『ごめん』のセイは、身体が大人へと踏みだし、ナオへの想いも真剣そのものだが、はっきりものを言い、きついところのある彼女の前に出ると、たじたじでひたすら従順な子供になってしまう。この映画は、そんなふたりの関係や距離とその変化を、前作よりも明確に強度や速度で描きだしている。

 京都の漬物屋でセイとナオが初めて出会ったとき、彼女は店から自転車で走り去り、セイはその後ろ姿を見送る。それからナオを探し回り、ナオの父親が経営する喫茶店でついに再会したとき、セイは彼女が中2であることを知り、さらなるプレッシャーを感じる。そのナオは、自転車による運試しを密かな楽しみにしている。最後に急なカーブが待ち受ける坂道を、ブレーキをかけることなく下り、転倒せずに最後まで走り切れるかどうかで運を占うのだ。彼女はセイの目の前で最後まで走り切り、彼はそれを見送るしかない。要するにナオは、セイが近づこうとするほどに、加速度をつけて遠ざかっていくのだ。

 ナオに振られたセイは完全に挫折したかに見えるが、ある出来事がきっかけとなって目が覚め、友だちの自転車を無断借用し、大阪から京都を目指して突っ走っていく。剣道着をつけたまま激走する彼の姿は、緑色のコートをまとって走るチアキを髣髴させるが、そこには様々な意味がある。彼は挫折を乗り越えることで凛々しくなり、強度と速度によって遠ざかっていくナオとの距離をつめていくのだが、それは同時に大人の問題に介入することも意味する。実はナオは、離婚した両親や経営難に陥った父親の喫茶店をめぐって分岐点に立ち、自転車の運試しも凶と出ていたのだ。つまりセイは、新たな運試しに臨むために突っ走り、鮮やかな変貌を遂げていくのである。


(upload:2004/02/21)
 
 
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