旧世界と新世界をめぐるギャングの興亡
――移民がアメリカ人になるための試練


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(初出:「Cut」2002年12月号)

 

 

 映画『ゴッドファーザー』と『ゴッドファーザー PARTU』に登場するヴィトーとマイケルのコルレオーネ父子のモデルが、ジョゼフとビルのボナーノ父子であることはよく知られている。

 この父子の絆やファミリーの世界を掘り下げたゲイ・タリーズの『汝の父を敬え』によれば、ジョゼフの父サルヴァトーレが、妻と1歳のジョゼフとともにニューヨークにたどり着いたのは1906年のことだ。その頃のギャングの勢力図は、このように説明されている。「シチリア人とイタリア人のギャングスターは当時のニューヨークではとるにたらぬ存在であり、(中略)ニューヨークや東部の大手のギャングは主としてアイルランド人かユダヤ人だった

 アメリカにおける様々な人種のギャングの興亡と移民の推移には密接な関係がある。映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』の原作であるハーバート・アズベリーの同名ノンフィクションは、19世紀初頭からほぼ100年にわたるニューヨークのギャングの興亡を活写した年代記であり、その密接な関係が見えてくる。

 最初にギャングが台頭し、抗争を生みだす大きな要因となるのは、アイルランドからの移民だ。それは19世紀初頭から始まり、1840年代にアイルランドが大飢饉に見舞われたことで、さらに大量の移民がニューヨークに押し寄せることになった。ほとんどが貧しい農民だった彼らは、史上最悪のスラム街ともいわれるマンハッタンのファイヴ・ポインツに住みつき、その劣悪な環境がギャングの温床となり、盗みや人殺しなどの犯罪が横行するようになる。

 ギャングが台頭する背景としてもうひとつ見逃せないのが、政治との結びつきだ。政治家は、選挙妨害、不正な投票、移民の票の買収などにギャングが役立つことに気づき、民主党の機関タマニー・ホールは、暗黒街とパイプを持つことで市政を操るようになる。1860年の国勢調査によれば、ニューヨーク市の人口約81万人のうち、半数強が外国生まれで、アイルランド人が約20万人と圧倒的多数を占めていたという。そして、外国人が影響力を持つようになれば、アメリカ生まれの人々との間に軋轢が生じ、抗争に発展することにもなる。

 
《データ》
『汝の父を敬え』ゲイ・タリーズ●
常盤新平訳(新潮社、1973年)
『ギャング・オブ・ニューヨーク』
ハーバート・アズベリー●
富永和子訳(早川書房、2001年)
“The Rise and Fall of the Jewish Gangster in America” by Albert Fried●
(Holt, Rinehart and Winston, 1980)
『カポネ 人と時代』ローレンス・バーグリーン●
常盤新平訳(集英社、1997年)
 
 
 
 
 
 


 ギャングの世界で、そのアイルランド人の次に台頭してくるのはユダヤ人だ。アズベリーの年代記では、ユダヤ人やイタリア人の動向についてはあまり明確に言及していないので、移民との関係が見えにくいが、手がかりは随所に散りばめられている。たとえば、19世紀後半にファイヴ・ポインツよりも環境が悪化した地域の話だ。「腐敗した役人と政治家の黙認のもと、建設業者は人口の過密地区に安手で貧弱なアパートを次々に建てて、街になだれ込む大量の移民を収容した。これらの建物がまもなくスラム化し、恐ろしい悪の温床となったのである。チャタム・スクエアとディヴィジョン通りの北側や、現在はロワー・イーストサイドとして知られる地域の大半を含む第10行政区の状態は目を覆わんばかりだった

 この現在のロワー・イーストサイドになだれ込んだ大量の移民がユダヤ人だった。1881年に起こったロシア皇帝アレクサンドルU世の暗殺を引き金に、ユダヤ人の虐殺が巻き起こり、この暗殺事件後の半世紀に、250万人もの東欧ユダヤ人がアメリカに移住した。

 ユダヤ系ギャングの興亡を綴ったアルバート・フリードの『The Rise and Fall of the Jewish Gangster in America』によれば、ユダヤ系ギャングが台頭する足がかりとなったのは売春業だ。ユダヤ人の移民がロワー・イーストサイドに住みつくようになってからしばらくの間は、そこで仕事をする娼婦は、隣接する地域から来たアイルランド人やドイツ人、白人や黒人のアメリカ人だったが、その後、激しい勢いでユダヤ人が増加していった。ゴールドバーグというユダヤ系ギャングは、1890年代にひとりの娼婦で商売を始め、1912年には8軒の売春宿に114人の娼婦を抱え、月に4000ドルを稼いでいたという。

 著者のフリードは、同じように劣悪な環境に置かれた移民のなかでも、特にユダヤ人の娼婦の比率が高いことに首をかしげる。そして、彼女たちが他の移民の女性ほど伝統に縛られることなく、独立していたのではないかと推測する。他の大半の移民が、自分たちが出てきた国や土地に執着したのに対して、迫害から逃れてきたユダヤ人が常に前を見ていたと考えるなら、そういう推測にも一理あるように思える。

 ギャングを描いた映画は基本的にマチズモ(男性優位主義)の世界だが、そのなかでユダヤ人女性の存在は少し異彩を放っているところがある。たとえば、時代はもっと先のことになるが、ユダヤ系ギャングの興亡を描いた『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』に登場するペギーは、娘の頃からケーキ1個で身体を許したり、美人局に加担し、やがて立派な娼家を構えるまでになる。アイルランド系とイタリア系ギャングの抗争を描いた『ミラーズ・クロッシング』では、男たちと渡り合うユダヤ系のヴァーナの存在が印象に残るはずだ。

 ユダヤ人ギャングは、売春業を振り出しに、賭けゲームのスタスやカジノ、馬券売場へと勢力を広げていく。そして、アイルランド人と同じようにタマニー・ホールとパイプを持ち、ユダヤ人移民の票を操作し、政治力を持つようになる。

 イタリア人の移民は、ユダヤ人より少し遅れてアメリカに押し寄せてくる。ローレンス・バーグリーンの『カポネ 人と時代』によれば、1890年には年平均約5万人、1900年には10万人、1903年には23万人、1907年には28万6千人と爆発的に膨れ上がっていく。彼らは、祖国のなかで文化的にも経済的にも北部の下位に置かれる南部の貧しいイタリア人と独自の伝統を守りつづけるシチリア人だった。

 そんな彼らは異なるかたちでアメリカ社会に食い込んでいく。その違いは、『カポネ 人と時代』のこんな記述に凝縮されている。「犯罪組織はナポリ人の生活や商売の際立った特色であり、マフィアのようにシチリア特有の神秘的な響きをもつ同族中心の閉鎖社会形態をとらずに、むしろカモッラという、不正業者、恐喝屋、ポン引き、博徒からなる、はるかに開かれた組織だった」。アメリカ生まれだが、ナポリ人の血を引くアル・カポネは、腐敗した都市シカゴにナポリを見出し、王国を築いた。マフィアは、何世紀ものあいだ外国の支配下に置かれたシチリアの歴史から生まれた伝統に従い、ファミリーやクランを基盤とした世界を作り上げた。

 映画『ゴッドファーザー PARTU』で、リトル・イタリーに暮らす若き日のヴィトーは、守護聖人祭の喧騒にまぎれて街を牛耳るファヌッチを殺害する。そのあとで彼は何事もなかったように妻子に合流する。家族はアパートの入口の階段に座って祭を祝い、子供たちは星条旗の小旗を振る。その星条旗は、父と子にとって重い十字架となる。タリーズは『汝の父を敬え』のなかで、ボナーノ父子のような関係についてこう書いている。「このような外国人を父にして生まれ、生涯を通じて父親に忠実でありつづけることは、アウトサイダーでありアメリカ的なものと対立しているという重荷を背負うことだったのである

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』には、<ゴッド・ブレス・アメリカ>が流れる場面が二度ある。そのふたつの場面はどちらも友情や裏切りと結びついている。最初の場面は映画の冒頭であり、マックスのことを警察に密告したヌードルスは追われる身となっている。二度目は映画の終盤で、マックスの裏切りを知ったヌードルスが、屋敷の外にたたずみ、過去に思いを馳せるときに、この曲が再び流れるのだ。この<ゴッド・ブレス・アメリカ>も星条旗と同じように、彼らにとって重い十字架となる。

 こうしたギャング映画の深層にあるのは、移民がアメリカ人になるための苛酷な試練であり、その喪失が深ければ深いほど物語は神話性をおびることになるのだ。


(upload:2009/06/12)
 
 
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