サタニズムと回復記憶療法
――悪魔の虚像に操られる記憶


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(初出:「SWITCH」Vol.13,No.1、1995年2月、加筆)


 

 アメリカでは時として ”サタニズム” なるものが大きな騒ぎを巻き起こす。拙著『サバービアの憂鬱』で取り上げたトミー・サリヴァンの事件もそのひとつだ。1988年、ニュージャージー州にある静かな町で、カトリック系の学校に通う14歳の少年トミーが、 母親を惨殺して、本人も隣家の裏庭で自殺しているのが発見された。彼はヘヴィメタのファンで、学校の友だちに、「サタンが夢に出てきて、 ”仲間にサタニズムの教えを説き、家族を皆殺しにせよ” と言った」というような話をしていたため、ヘヴィメタが掲げるサタニズムが標的になった。

 さらにこの事件の数ヵ月後、今度はミネソタ州で、カトリック系の学校に通う16歳の少年が、両親を斧で惨殺する事件が起こり、彼がスイサイダル・テンデンシーズの大ファンだったことから、再び音楽の影響が物議をかもした。 アメリカには、 ”サタン・ハンター” とか ”デヴィル・ハンター” を自称する人たちがいて、メタル系の音楽がティーンを暴力に駆り立て、サタニズムにまつわる悲劇が起こっていると喧伝している。

 もちろんサタニズムを扱った本もコンスタントに目にする。リンダ・ブラッドの『The New Satanists』では、サタニズムの歴史的背景から始まって、千年紀を間近にひかえた現代の状況が、ティーンへの浸透、儀式によって虐待を受けた子供たち、 あるいは、ナチズムとの関わりなどといったことから、展望されている。

 著者のリンダ・ブラッドは、元サタニズム教団のメンバーで、脱退後、そうした組織の監視機関の一員となり、リサーチを始めたという。この本には、サタニズムにまつわる物騒な出来事や事件が数多く取り上げられている。

 ティーンの場合を例にとるなら、 たとえば、15歳の二人組が教団に入れてもらうために、他人の墓を暴いて儀式に使う頭蓋骨などを盗んで逮捕されたとか、"ハリウッド・ヴァンパイアズ"という中流家庭のティーンのグループが、自分たちの前歯にやすりをかけて尖らせ、お互いの血を吸いあい、地元の血液バンクを襲撃したとか、 悪魔の囁きに操られたティーンが両親や仲間を殺害してしまったり、あるいは、グロテスクな儀式によって深みにはまったティーンが、麻薬密売や売春、ポルノなどと結びついて組織化された教団によって、売春などを強要されていたといった具合である。 著者は、そうしたサタニズムの危険な実態が一般に認知されていないことを警告する。

 そこで、この手の本があるということを念頭に置いて、注目してみたいのが『Making Monsters』である。これは、ピューリッツァ賞を受賞している社会心理学者リチャード・オフシェとフリーランスのライター、イーサン・ワターズの共著で、 この十数年のあいだにアメリカで大きな広がりを見せた回復記憶療法(Recovered Memory Therapy)を科学的な視点から再検証し、厳しい批判を加える問題作である。

 回復記憶療法というのは、主に女性にあらわれるある種の心身の障害の原因を、抑圧によって記憶から抹消されてしまった過去の体験(具体的には、性的な虐待)にあるとみなし、 その記憶を再生し、真実に直面し克服することによって、本来の自己を取り戻そうとする心理療法である。ところが、この療法は最近になって、患者やその家族から、記憶を再生するのではなく、偽の記憶を植えつけているという批判が巻き起こり、社会問題になっていた。



《データ》
The New Satanists●
by Linda Blood
Making Monsters 〜False Memories,●
Psychotherapy, and Sexual Hysteria
by Richard Ofshe and Ethan Watters (Scribners) 1994
 
 
 
 


 それだけに、この本の内容はとても興味深いものがあるのだが、それがどうしてサタニズムと関係してくるのかというと、まず本書の序文で著者は、この療法による記憶の再生を三つの段階に分類している。まず第一は、最も一般的なもので、子供の頃に両親などから性的虐待を受けたという記憶である。 そしてその第二段階というのが、サタニズムの集団から儀式による性的、精神的な虐待を受けたという記憶なのだ。

 さらに第三段階では、患者が多重人格化し、それぞれの人格が個別の記憶を持つという。また患者によっては、それらがダブることもある。記憶が再生された患者のうち、約二割が第二段階の患者だという。 そんなところからサタニズムと回復記憶療法の接点が見えてくるのだが、この本は、じっくり読むと正直なところ寒けがしてくる。この療法が、一度足を踏み込んだら、抜けることができない蟻地獄のように見えてくるからだ。

 まず、この療法の背景にはフェミニズムの台頭がある。つまり、女性が虐げられてきた立場から本当に解放されるためには、これまで抑圧することによって抹消してしまった記憶を再生しなければならないというイデオロギーがあるわけだ。それが、セラピストがある種の徴候を見出しときに、 短絡的に過去の性的虐待と結び付けるひとつの要因になっている。

 この徴候というのは、たとえば、ひとりで暗闇にいるのが怖いとか、悪夢、ドラッグやアル中、自殺願望、鬱状態、罪悪感、あるいは、夏でも服をたくさん着込むというようなことまで、実に細かく分類されている。 この療法で有名になったセラピストが、著書やテレビで、こうした徴候と埋もれた記憶の結びつきを吹聴すれば、ひょっとして自分もと思う人びとが、先入観を持ってセラピストのところにやってくることになる。

 その実際の療法では、決して根拠があるとは言いがたいセラピストの示唆と患者の思い込みから、記憶と思われるものが再生されていく。また、患者は同じような境遇の人びとと接することによって、記憶再生の糸口をつかむという考えから、他の患者との結びつきを深めていく。 さらに、夢の内容を手がかり(たとえば、紫の犬はペニスとか)にしたり、催眠療法で子供の時代に戻ったりして、埋もれたトラウマを探しつづける。療法の期間は、10年とか15年というのも決して珍しくはないという。

 著者は、こうしたプロセスを科学的に検証するために、様々な実験のデータを引用する。たとえば、学生たちを被験者に、スペースシャトルのチャレンジャー号が爆発した直後の記憶と三年後の記憶を対照するといった初歩的なものから始まって、 あらかじめ虐待に関する示唆を受けた患者と何の示唆も受けなかった患者のグループで催眠療法の反応を対照する実験などへと進み、記憶の曖昧さやセラピストの示唆の効果の大きさなどが実証されていくことになるのだ。

 本書では、先ほどの三つの段階それぞれの患者の具体的な実例も取り上げられ、緻密に分析されている。ここではそのなかで、サタニズムの記憶の実例として、セラピストのゲイル・カー・フェルドマンの療法に注目してみたい。フェルドマンは、 実際の患者とのやりとりを克明に記録した『Lessons in Evil, Lessons from the Light』という本を出し、冒頭で触れた『The New Satanists』にも推薦のコメントを寄せている人物である。本書では、彼女のこの著作をもとに、その療法が分析されている。

 フェルドマンは、催眠状態の患者バーバラが、彼女の祖父が教会で猫を生贄にし、彼女はその心臓を食べ、血を飲むことを強要されたという話を始めた時、それが真実だと確信する。その根拠は、もし事実でなければ、こんなことを言いだす患者は狂っていることになるという実に単純な二者択一だった。

 しかもこの患者は、サタニズムの集団による虐待に関心を持っていて、自分は読んでいないと断りながらフェルドマンに、回復記憶療法で患者からサタニズムの記憶を引き出した別のセラピストの著書を差し出したという。そこで、フェルドマンは、その著書に目を通し、 セラピスト自身がまずサタニズムの実態を把握し、患者に対処しなければならないと考え、患者とともに記憶らしきものを再生していくことになるのだ。

 これはどう見ても悪循環である。患者に最初からサタニズムに対する先入観があり、それに対応していくために、セラピストたちがサタニズムを勉強する。そのセラピストの示唆とそれに応えようとする患者たちが、信じられないような記憶を共同で紡ぎだしていくことになるのだから。 ちなみに、フェルドマンの患者バーバラの場合は、この療法で障害が悪化したという。

 それでもセラピストは、療法自体に疑問の目を向けようとはせず、ついには、前世の虐待の記憶を再生する治療へとエスカレートしていくのである。また本書には、精神医学界の権威のなかに、 社会に蔓延するサタニズムの脅威を伝道する人物がいて、セラピストたちがその講演に熱心に通っているといった話も出てくる。

 これがすべて真実であるとすれば、自分の本来のアイデンティティを取り戻すための回復記憶療法によって、患者に虚偽記憶(False Memory)が植えつけられ、サタニズムの虚像が実体化されてしまうというのは、何とも皮肉なことである。

 
 
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