|
著者は、こうした出来事を背景にしてサタニック・パニックがどのように発生するのかを具体的に分析する。88年の5月、ニューヨーク州西部、ペンシルヴェニア州北西部、オハイオ州北東部などで同時多発的にパニック現象が起こった。本書ではこのパニックが起こった町のひとつであるニューヨーク州ジェームズタウンに注目し、噂が事実に変わり、パニックに至る過程を克明にたどっている。
そのきっかけは、前の年の10月末にパンク系のティーンがとある工場の倉庫で開いたハロウィン・パーティだった。それはサタニズムとは無縁のパーティだったが、その後テレビでサタニズムの被害者を取りあげる番組が放送されたり、悪魔に操られて母親を惨殺した後自殺したトミー・サリヴァンの猟奇的な事件が全国的な話題になると、町の父兄のあいだで工場の倉庫で儀式が行われているという噂が広まる。警察には儀式が行われているという電話が殺到し、
キリスト教保守派の牧師が教会新聞に深刻な問題としてサタニズムを取りあげる。そんなふうにメディアや教会、さらには警察が敏感に反応することによって、パニックに発展していくのだ。
本書では、こうしたパニックや先述したプロクター&ギャンブル社のエピソードなども含めて、保守派のキリスト教勢力が大きな役割を果たしていることがひとつのポイントになっているのだが、そこに話を進める前に、サタニズム現象を別な視点でとらえる本に少しだけ触れておきたい。
デイヴィッド・K・サクハイムとスーザン・E・ディヴァインの共著『Out of Darkness』の内容は、<サタニズムと記憶再生療法>で書いたことを踏まえて読むと、かなり微妙な主張をしていることがわかる。本書では、サタニズム集団が本当に存在するかどうかは定かではないとしながらも、そうした儀式による虐待を受けたとする患者たちが実在する現実を出発点とし、彼らをどう受け入れ、トラウマと対峙させていくべきなのかを様々な角度から考察しているのだ。
仮に彼らの体験が、噂やホラー映画の世界から構築されたものであったとしても、そのトラウマを明らかにするためには、サタニズムに関する基礎知識を備え、身近な立場で心を開いていく必要があるということだ。たとえば、相手が幼い子供である場合には特にそうした体験について固く口を閉ざそうとするため、虐待を象徴するようなオモチャや人形を使ってその体験を明らかにしていくテクニックなども紹介されている。
そして、そのような視点もあることを念頭に置いて読むと非常に興味深いのが、デビー・ネイサンとマイケル・スネデカーの共著『Satan's Silence』だ。本書では、60年代から現代に至る政治や社会の変化を踏まえたうえで、サタニズム現象が現代の魔女狩りであることを明らかにしようとする。
アメリカでは60年代以降の性革命や中絶の合法化によって、小さな子供を持つ母親が仕事を持ち、離婚や10代の未婚の母親が急増し、その結果として託児所もまた増加した。そんな急激な変化がアメリカ人を揺るがしたときに、社会の悪の象徴としてサタニストによる幼児虐待が浮上してきた。家族の価値を重んじる保守派のキリスト教勢力にとって、サタニストが託児所に潜り込んでいるという噂話には大きな利用価値があった。これは最初に取り上げた『Satanic Panic』の内容とも通じるが、実際に噂を広めたのは、キリスト教ネットワークや治安当局の保守層だったという。
しかし本書によれば、こうしたサタニズム現象にはもうひとつの大きな背景として、フェミニズムがあるという。それは<サタニズムと記憶再生療法>で取り上げたリチャード・オフシェの『Making Monsters』のなかでも指摘されていた。つまり、記憶再生療法の背景には、女性が、虐げられてきた立場から本当に解放されるためには、これまで抑圧することによって抹消してしまった記憶を再生しなければならないというイデオロギーがあり、それがサタニズム体験をたぐりよせる結果になったわけだ。
この『Satan's Silence』では、そうしたイデオロギーがどのように政治的に制度化され、サタニズム現象に結びつくことになるのかが詳細に論じられている。それを要約すると次のようなことになる。73年に幼児虐待の防止、治療を目的とした法案が成立し、さらに幼児虐待に対処する公的機関が設立されたとき、そこにエキスパートとして雇われたのは、フェミニズム運動に参加していたまだ20代のキャスリーン・マクファーレーンだった。彼女は、子供に対する暴力が、アル中と同じように治すことが可能な精神的な病であるという考え方を定着させた。
その結果、彼女が採用したプログラムでは、ソーシャル・ワーカーたちが、問題を抱える父親や母親に積極的に耳を傾ける機会を作り、さらに子供たちに真実を語らせる様々な方法が考案されていった。つまり、誘導尋問を避ける訓練も受けたことがなく、すべての告発が真実ではないという事実をわきまえているわけでもないソーシャル・ワーカーに幼児虐待の問題の処理がすべて委ねられることになった。ソーシャル・ワーカーやセラピストが先頭に立ち、警察が彼らの論理を受け入れるというようなことすらあったのだ。
当時は、近親相姦のような虐待が沈黙を守るしかない恥ずべき行為であったため、彼らにとって偽りの告発などはまったく想像もできないことだった。しかしサタニズムに関する噂が広まりだす80年代、幼児虐待を防止しようとするこうした人々の努力は、レーガンを後押しした保守派のキリスト教勢力の思惑とも結びつき、サタニズムのパニックを引き起こすことになる。
83年にカリフォルニア州マンハッタン・ビーチにあるマクマーティ保育園からわきおこった事件については先述しているが、本書ではその背景というものが明確に解き明かされる。事件の発端は、この保育園に2歳になる次男マシューを預けていた母親のジュディ・ジョンソンが、この息子の肛門が赤く腫れていることを不審に思ったことだった。彼女は、息子が保育園の唯一の男性教師にソドミーを受けたと思うようになり、息子を問い詰めた。そして、教師が熱を計った話を聞くと、体温計がペニスを意味していると考えた。
彼女は息子を医者に連れていくが、医者が発見したのは赤い腫れだけで、彼は2歳の子供にソドミーがどんな致命傷になるかを母親に説明した。納得できない彼女は幼児虐待に対処するために新設された医者とソーシャル・ワーカーの施設に息子を連れていった。息子をみた経験の浅いインターンは、患部の状態よりもまず母親の話を受け入れた。そして、幼児虐待を専門とするセラピストや警察が動きだすことになった。
男性教師レイは何ら証拠がないままに証言だけで逮捕された。保育園に子供を預けていた母親たちはお互いに連絡を取り合い、自分の子供たちが虐待を否定すると、それを認めるまで様々な質問を繰り出し、次々に警察に報告した。その頃には、マシューの母親ジュディの発言は、レイが司祭のかっこうで息子を虐待したというところまでエスカレートし、彼女は最終的には病院に送られることになった。
この事件は、先述したフェミニズムの活動家マクファーレーンが、彼女のグループが開発したテクニックを試す絶好の機会になり、グループは、性器のついた人形を使って子供たちから真実を引きだそうとした。しかし本書は、同様の実験の結果、子供たちが意味もなく人形のペニスをつかんだり、穴に指を入れたりする行動をとることを明らかにしている。
性革命から発展したフェミニズムの理想が結果的に保守派のキリスト教勢力と結びついてサタニズムの悪夢を作りあげてしまう。しかも、80年代から90年代を背景にサバービアで問題児となるティーンの現状に注目した『Renegade Kids, Suburban Outlaws』などを読むと、サバービアで孤立したティーンたちが、そのサタニズムの世界にアイデンティティを見出そうとすることがわかる。『Satanic Panic』でも、サタニズムに引き込まれるのは、白人の中流階級で、頭もよく、画一的なコミュニティのなかで自己の無力さを感じるがゆえに、自分と世界をコントロールする力を求めるティーンであるという指摘がある。これは何とも皮肉な話である。
|