そしてエイズは蔓延した / ランディ・シルツ
And The Band Played On: Politics, People and the AIDS Epidemic / Randy Shilts (1987)


1991年/曽田能宗訳/草思社
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(初出:)

 

 

1970年代後半から1987年まで
AIDSが広がる課程とその背景を克明に描き出す

 

 本書の冒頭の謝辞は以下のような文章で始まる。「わたしが『サンフランシスコ・クロニクル』紙の記者でなかったなら、本書が書かれることはなかっただろう。同紙は、一人の映画スターがエイズにかかって話題になる前から、この疫病を徹底的に報道する価値のある正当なニュース素材だと認めていたが、アメリカの日刊紙でこのような姿勢をとった新聞はほかになかったのである。『クロニクル』のこのような見識ある態度のおかげで、わたしは一九八二年以来自由にこの疫病を取材できたし、八三年からはほとんどエイズの報道に専念することができた

 シカゴ郊外で育ち、入学したオレゴン大学の学生新聞でジャーナリストとしてのキャリアをスタートさせたランディ・シルツは、20歳のときにゲイであることをカミングアウトした。当時はまだホモフォビア(同性愛嫌悪)の風潮が根強く、成績優秀で卒業した彼は地方ではなかなか思うような仕事に就くことができなかった。そして、サンフランシスコに移って、フリーのジャーナリストとして活動していた彼を記者として採用したのが、『サンフランシスコ・クロニクル』だった。そんな巡り合せ、幸福な出会いがなかったなら、この本は書かれなかったともいえる。

 エイズはなぜアメリカで広がったのか。引用した謝辞の冒頭からもその一因を読み取ることができるだろう。1980年にゲイたちが正体不明の奇病にかかりはじめてから5年近くたつまで、医療機関、公衆衛生機関、連邦及び民間の科学研究機関、マスメディア、ゲイ社会の指導者たちは、結束して対応することがなかった。本書のプロローグで印象に残るのは、「人びとが死んでも〜」という言葉が繰り返される件だろう。

人びとが死んでも、レーガン政府の官僚は政府関係の科学者の要請を無視し、エイズ研究に充分な資金を出さず、ついにはこの疫病を全国に蔓延させてしまった

人びとが死んでも、科学者たちはなかなかエイズの流行にしかるべき配慮を示さなかった同性愛者を苦しめる病気などを研究してもあまり名声をあげられないと思ったからである

人びとが死んでも、公衆衛生当局とそれを監視する指導的政治家たちは、この病気の流行を阻止するのに必要な確固たる措置をとらず、公衆衛生よりも政治を優先させた

人びとが死んでも、ゲイ社会の指導者たちはこの病気を政治の道具にし、政治的教条主義におちいって人命の保護をなおざりにした

人びとが死んでも、誰も注意を払わなかった。マスメディアが同性愛者についての記事を書きたがらず、とくにゲイの性行動に関する記事を敬遠したからである。新聞やテレビはこの病気についての議論を極力避け、その間に死亡者が無視できないほど増えて、犠牲者は社会ののけ者だけではなくなった

 本書は、1976年、ザイールのキンシャサで医療活動に従事するデンマーク人のグレーテ・ラスクに奇妙な症状が表れるという予兆から始まる。そして、1980年から85年の間にアメリカでエイズが拡大していく過程とその背景が、年毎に克明に浮き彫りにされていく。

 筆者が本書を読んだのはかなり昔のことで、その内容を細部まで正確に思い出すことはできない。本書を久しぶりに引っぱり出してみたのは、ジャン=マルク・ヴァレ監督が実話を映画化した『ダラス・バイヤーズクラブ』を観たからだ。


  ◆目次◆

    謝辞
  プロローグ
第1部 見よ、青白い馬が
1章 心の宴
第2部 それ以前【1980年】
2章 栄光の日々
3章 追放された者たちの砂浜
4章 まえぶれ
5章 ストップ・モーション
第3部 道を開く【1981年】
6章 臨界質量
7章 善意
8章 いちばん美しい男
9章 アンブッシュ・ポッパー
10章 科学のゴルフ・コース
11章 いやな月が昇る
第4部 深まる闇【1982年】
12章 時は人の敵
13章 ゼロ号患者
14章 建国二百年祭の思い出
15章 寝汗
16章 汚れた血液
17章 エントロピー
18章 無駄な時間つぶし
19章 強制供食
20章 汚れた秘密
21章 ダンシング・イン・ザ・ダーク
第5部 戦線【1983年1月‐6月】
22章 レット・イット・ブリード
23章 真夜中の告白
24章 否定
25章 怒り
26章 大きなエンチラーダ
27章 ターニング・ポイント
28章 善人のみ
29章 優先課題
30章 その間に
  [以下、下巻]
31章 ここではエイズ語を話す
32章 スターの資格
第6部 儀式【1983年7月‐12月】
33章 マラソンレース
34章 新たな一日
35章 政治
36章 科学
37章 公衆衛生
38章 ジャーナリズム
39章 人びと
第7部 光とトンネル【1984年】
40章 囚人たち
41章 取引
42章 心の宴 パートU
43章 恐喝
44章 裏切り者
45章 科学をめぐる政治
46章 下り列車
47章 共和党と民主党
48章 当惑
49章 陰鬱
50章 戦争
第8部 莫大なつけ【1985年】
51章 異性愛者たち
52章 流浪者たち
53章 清算
54章 エクスポーズド
55章 目覚め
56章 受容
57章 大詰め
第9部 エピローグ/それ以後
58章 融和
59章 心の宴 パートV
  訳者あとがき
  解説――大島清


 この映画の舞台になるのは、1985年のテキサス。電気技師として働きながら、ロデオと酒と女に明け暮れる主人公ロン・ウッドルーフは、自分のトレーラーハウスで意識を失い、医師からHIV陽性、余命30日と宣告され、動揺しつつエイズの情報をかき集める。アメリカで唯一手に入る治療薬AZTの作用に疑問を持った彼は、メキシコから海外で流通している未承認薬を持ち帰り、自分で使うだけでなく、その販路を切り拓く。

 本書のなかに、そんなエピソードに関連する記述があったことを思い出し、部分的に読み返してみた。映画と同じ85年の章に以下のような記述がある。少し長いが、引用しておく。

「(前略)何らかの治験薬を投与されているアメリカ人のエイズ患者は、一〇パーセントにも満たない。エイズ関連症候群(ARC)にかかっている一〇万人の患者のうち、治療を受けているのはごく少数である。科学者の話では、こうした本格的なエイズの症状があらわれる以前の患者に治療をほどこせば、まだひどい免疫障害を起こしていないだけに、きわめて高い効果があるはずである。それにもかかわらず、エイズやARCに苦しむ人びとは、薬剤の入念な試験が終わるまで待てと言われている。それがすむまで治療薬の投与は受けられないという。だが、患者たちはその前に死んでしまうのだ。

 連邦政府はいぜんとしてこの問題には無関心な態度をとりつづけた。五月初めに、食品医薬品局(FDA)は、ニューポート・ファーマシューティカル・インターナショナル社が臨床治療薬の規定に従ってイソプリノシンを医師に供給することを認可すると発表した。しかし、同社の計算によれば、FDAの規定を満たすためには、投与を受ける患者一人について血液検査費やその他の費用が二〇〇〇ドルかかった。むろん、この広範な検査には政府の援助は適用されなかった。ニューポート社がごく限られた患者にしかこの薬品は使用できないと発表したのも無理からぬことだった。一方、保健担当次官補代理のジェームズ・メイソンは、政府のエイズ治療対策を会議で質問されて、こう答えた。『公衆衛生局は、引き続きエイズ治療のための新たな治療薬の開発に可能なかぎり援助を与えている』

 こうした絶望的状況のために、サンフランシスコには広範なアングラ市場ができて、エイズやARCの患者に最もポピュラーな闇治療薬、リバヴィリンとイソプリノシンを供給するようになった。この薬はいずれもアメリカではかぎられた患者だけを対象として試験的に使われており、一般の販布は認可されていなかったが、メキシコではどのドラッグストアでも買うことができたのである。トゥース・フェアリーズと称するバークリーのグループは、国境の税関で薬を摘発されない方法を教える手引書をまとめた。社会的良心をもたない金目当ての人間の手にかかると、闇市場でのエイズ治療薬の価格は法外に高くなった。メキシコではイソプリノシンの二〇錠入りの箱が二ドル五〇セントで買えた。ところが、サンフランシスコでは一錠当たり一ドル二〇セント出さなければ、死の恐怖におびえるエイズ患者はこの薬が手に入れられなかったのである

 こうした記述を頭に入れておくと、映画の世界が広がるはずだ。

 ちなみに、フラン・ホーソンの『FDA(米国食品医薬品局)の正体』にも以下のような記述がある。

エイズ患者らはあらゆる治療法を必死になって探し、メキシコやブラジルまで最新の奇跡の治療を求めて足を運び、米連邦法に違反して未承認の医薬品を輸入した。しかし、有効な治療法はなく、どうやってもこの複雑な病気が進行して命を落とすことを押し止めることはできなかった

《参照/引用文献》
『FDA(米国食品医薬品局)の正体』 フラン・ホーソン●
栗原千絵子・斉尾武郎共監訳(篠原出版新社、2011年/2012年)

(upload:2014/02/07)
 
 
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