大統領たちが恐れた男:長官フーヴァーの秘密の生涯
/ アンソニー・サマーズ
Official and Confidential: The Secret Life of J. Edgar Hoover / Anthony Summers (1993)


水上峰雄訳/新潮社/1995年
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(初出:週刊「読書人」1995年)

 

 

砕け散ったアメリカン・ドリームの象徴

 

 FBIを強力な組織に育てあげ、その長官として48年にわたって君臨し、8人もの大統領に仕えたJ・エドガー・フーヴァー。彼が、長官在任のまま77歳でこの世を去ったのは、いまから20年以上も前の1972年のことだが、アメリカではこの人物がいまだに人々の関心を集めている。

 フーヴァーは、アメリカン・ドリームを体現した国民的英雄と讃えられる一方で、政治家にとどまらない膨大な数にのぼる個人情報を密かに収集し、それを武器に政界で暗躍し、マッカーシズムを裏で操った。キング牧師を脅迫したというような批判やなぜかマフィアの摘発には消極的だったというような疑問も絶えない。それだけに、いまも機密扱いの記録が公開されたり、新しい証言が飛び出すたびに、物議をかもしつづけているのだ。

 本書は、そんなフーヴァーの生涯を現在までに明らかになっている膨大な情報をもとに浮き彫りにする評伝である。そのなかには、後に触れるようにかなりスキャンダラスな話題も盛り込まれているが、この権力者の生涯を振り返ってみてまず強く感じることは、フーヴァーがいかに狡猾な人間であっても、決してひとりの力だけで権力を手中に収められたわけではないということだ。


―大統領たちが恐れた男―
▼目次▼


プロローグ
第1章 神経質な少年
第2章 司法省時代の失恋
第3章 29歳のFBI次官補
第4章 子供ナポレオンの革命
第5章 黒人、女性、ユダヤ人嫌い
第6章 ディリンジャー射殺
第7章 同性愛
第8章 女優と精神科医
第9章 議会、マスコミ対策
第10章 ルーズヴェルトと電話盗聴
第11章 消された真珠湾攻撃の情報
第12章 ドイツ破壊工作員の処刑
第13章 大統領夫人の浮気
第14章 トルーマンとの対決
第15章 反共ヒステリー
第16章 出版妨害
第17章 マッカーシズムの後ろ盾
第18章 政治家のスキャンダル
第19章 裁判官への盗聴
第20章 捜査官の体重管理
第21章 マフィアとの親しい交際
第22章 同性愛の現場写真
第23章 女装趣味と乱交パーティ
第24章 ケネディ一族のアキレス腱
第25章 最年少の司法長官ロバート
第26章 ケネディ兄弟とマリリン・モンロー
第27章 スキャンダルか罷免か
第28章 ケネディ暗殺をめぐる隠蔽工作
第29章 ジョンソン大統領を牛耳る
第30章 出自の謎と人種偏見、キング牧師暗殺
第31章 没落のはじまり<
第32章 孤立化するエドガー
第33章 サリヴァン、FBIを去る
第34章 怖じ気づいたニクソン
第35章 その死、残された秘密ファイル

エピローグ


 たとえば、ルーズヴェルトは、彼の長官留任に疑問を感じていたという。ところが、フーヴァーは、国民にアピールするような派手な犯罪に的を絞り、マスコミを抱き込むことによって大恐慌の時代の英雄として持て囃されるようになる。するとルーズヴェルトは、フーヴァーの人気に便乗してしまうばかりか、ついには彼に、情報収集に関して盗聴も含む幅広い権限を与えてしまう。トルーマンは、FBIの盗聴が露顕しかけたとき、長官の更迭を真剣に検討するが、今度は、冷戦に対する国民の不安がまたもやフーヴァーの人気を押し上げ、思い止まらざるをえなくなってしまう。

 ケネディ兄弟は、本気でフーヴァーを追い出そうとするが、モンローとのスキャンダルのもみ消し工作で借りを作ってしまい、仕方なく彼が70歳の定年を迎えるのを待つという持久戦に出る。しかしながら、大統領は凶弾に倒れ、すでにフーヴァーの息がかかっていたジョンソン新大統領は、彼の定年を無期限に延長するという大統領命令を出さざるをえなくなる。フーヴァーが40年代から目をつけ、親交を深めていたニクソンは、それでも何とか耄碌している長官を切ろうとするが、土壇場で怖じ気づいてしまう。要するに、フーヴァーに権力をもたらすのは、メディアに踊る国民や保身に躍起になる政治家であり、アメリカ社会そのものでもあるのだ。

 そして、本書でもうひとつ注目したいのは、人間フーヴァーの内面に潜む病理についてである。彼が生涯独身で通したのは比較的よく知られている。本書には、彼が実は同性愛者で、マフィアの摘発に消極的だったのは、その秘密をマフィアに握られていたからというかなり説得力のある示唆や、さらに、彼が女装して乱交パーティに顔を出していたのを二度までも目撃したという証言などが盛り込まれている。彼はFBI長官として、厳しい道徳を前面に押しだし、法と正義に忠実でタフなイメージを演出し、その背後では、敵対する政治家にダメージを与えるために同性愛者という情報を流すような卑劣な手段を使っていた。しかし同時に彼は、自分に対してもひどく怯え、混乱していたことになる。

 これは、いかにもスキャンダルの暴露のように見えるが、著者は本書のエピローグでフーヴァーの生い立ちを振り返り、彼のこの精神的な混乱に対する分析を試みている。フーヴァーの父親は精神病を患い、彼は父親との絆が希薄で、母親の期待を一身に背負うように成長してきた。そうした背景について、心理学や精神医学の専門家に助言を求めた著者は、最終的にフーヴァーの人格について、ナチスの秘密警察長官ヒムラーと多くの共通項があることを示唆する。このような意見は、評伝の流れからすればいささか突飛な印象も与えるが、そこにはもっと現実的な著者の危機感が現れていると見るべきだろう。

 本書のプロローグには、著者のこんな言葉がある。「J・エドガー・フーヴァーという人物の生涯が、アメリカン・ドリームが無惨に砕け散った時代と重なっているので、この人物を理解することは、たぶん、われわれ自身を理解するのに役立つはずだ」

 そんな思いが著者を、フーヴァーという人物の深層へと駆り立て、このエピローグを書かせたのだ。


(upload:2001/09/19)
 
 
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