タイ米騒動

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(初出:「骰子/DICE」3号/1994年4月、若干の加筆)

 このところ(94年初頭)のタイ米をめぐる騒動には、思わぬところでいろいろ考えさせられた。とにかく、筆者が唖然としてしまったのは、輸入されたタイ米の扱いである。

 巷ではタイ米に対してだいぶ戸惑いがあったようだが、正直なところ筆者は、タイ米が入ってくるのをちょっと楽しみにしていた。というのも料理が趣味で、インドやタイ、その他の東南アジアの料理、 あるいは、パエリヤなどを作ったりするので、インディカ・タイプの米はこれまでもけっこう使っていたからだ。但しその米は、輸入米ではなく、国産米である。生産量はおそらくほんのわずかだろうが、 これまでも国内にインディカ・タイプの米がまったくなかったわけではない。しかし、当然のことながら値段が高い。筆者がよく使っていた「インディカ」という290グラム入りのパックは、確か280円くらいで売っていたと思う。 これは、米不足のために高騰した最近の国産米の値段とあまりかわらない。しかも、どこにでも売っているというわけではないので、買いに行くだけでも、それなりに手間がかかる。

 つまり、これまでインディカ米を食べるというのは、ちょっとした贅沢だったわけだ。ところが、タイ米が入ってきたおかげで、今では2キロが600円代で買えることになったのだから、これは何ともありがたいことである。 というようなわけで、個人的にはめでたしめでたしだったのだが、周囲を見まわしてみると、首をかしげたくなるようなことが多々あった。筆者もインディカ米がけっこう気に入っているとはいえ、農薬その他の安全性については気になるので、 米に関するニュースにはできるだけ関心を払っていたのだが、安全性の問題もさることながら、タイ米が日本でどのように受け入れられるのかということが、だんだん気がかりになってきた。

 たとえば、輸入米の試食会の話題や、ニュース番組のなかでの試食を見ると、タイ米は違うタイプの米であるという断りはあるものの、ご飯は、国産米と同じように漠然と茶碗に盛られ、ひどいものになると、 無理やり握り飯にして比較しようとする番組などもあった。もちろん、違うタイプと断るからには、近いうちにその違いも具体的に説明されるものと思っていたら、たいした関心もはらわれないままに、3月に入り、輸入米が出まわることになってしまった。

 その一方では、いつの間にか、国産米に準ずる輸入米のランクが決まっていた。その輸入米のランクは、国産米の"中"ランクから下に向かって、カリフォルニア米、オーストラリア米、中国米ときて、タイ米は、最低のランクに位置していた。 このランクは、値段の基準でもあるので、個人的にはタイ米が安くなるのは大いにけっこうなのだが、試食の方法にしても、このランクにしても、どうも、まったく違うタイプの米に国産米の食べ方を押しつけ、その結果として、 "まずい"という先入観を植えつけているように思えてならなかった。少なくとも、仮に筆者がインディカ米に縁のない人間だったら、わざわざタイ米を食べてみようという気にはならなかっただろう。

 

 
 
 


 そして、このようなタイ米のイメージは、悪循環のなかで、雪だるま式にふくれあがっていくことになる。たとえば、あるテレビ番組で、タイ米をどうやって売るか苦慮する米屋の人々の様子がレポートされていた。彼らはもちろん、 これまでタイ米を売ったこともなければ、食べたこともない。ところが、突然、タイ米を押しつけられ、同様の漠然とした試食とランク付けから、タイ米は、売れない、すぐに飽きられるという確固とした前提にたって、売り方に頭をかかえていた。 そこで、彼らがひねりだしたアイデアのひとつは、タイ米のパックにインスタントのピラフやドライカレーの素をサービスとしてつけたらどうかというものだった。こんなレポートに対して、タイ米に対する番組のフォローがなければ、 売る側である米屋のこのような姿を見て、消費者は一体どのような印象を持つことだろうか。実際にこういうサービスが行われたとしたら、タイ米は、応用のきかない、安っぽいファーストフード同然の代物のように見えると思う。

 さらに、タイ米の炊き方ということについても、釈然としないものがある。たとえば、冒頭で触れた国産インディカ米のパックでは、基本の炊き方について、さっと洗ってザルにあげ、特に水につけておくといった断りはなくすぐに炊き、 炊きあがったら、長く蒸らさない(5〜6分)のがコツだと書いてある。一方、筆者が近くのスーパーで手に入れたタイ米のパックには、おいしい炊き方として、炊飯の前には2時間以上水につけ、炊きあがったら、20分以上蒸らすと説明されていた。 これはもしかすると、インディカ米本来の味や感触は最初から無視して、少しでも国産米の食感に近づけるために、やみくもにタイ米を水っぽく炊かせようとしているということになるだろう。また、タイ米の独特の臭いを消すために、炭を入れて炊くという方法も紹介されている。 もっとすごいのは、テレビで紹介していた、寒天を入れて炊くという方法である。少しでもタイ米に粘りを与えるためのアイデアらしい。これはもちろん、異なるタイプの米を無理やり国産米の食べ方にねじまげようとする試みに他ならない。

 筆者は、消費者のなかには、まともに調理すれば、タイ米の独特の香りやさらりとした食感が気に入る人も少なくないと思う。実際ニュースを見ても、ほんのわずかだが、タイ米もいけると答えた消費者もいた。しかしながら、大多数の消費者から、 タイ米に対する拒否反応が出てきたことは言うまでもない。 そして、こうした悪循環の結果として、まさかとは思ったが、ブレンド米のなかに、タイ米までが加えられることになってしまった。これは、グルメ・ブームで、 テレビでグルメ番組をたれ流している国にしては、何ともお粗末な対応である。

 米を日本に輸出することは、タイ側にとって喜ばしいことなのはもちろんのことだが、こっちの事情で米を出してくれと頼んでおいて、その米をただ漠然と市場に出し、まずいまずいと言って、たらい回しにしていることを一体どう考えればいいのだろうか。 仮に、国産米が日本の文化を象徴する大切なものであるとするなら、タイ米にも同じことがいえる。その米に対して、これほどお粗末な対応しかできないのなら、輸入などせずに、米を食べず、パンやパスタやうどんでしのいでいればいいのだ。

 しかし一方、ここまでお粗末な状況を見せられると、よけいな憶測をしてみたくもなる。まず、間違ってもタイ米が、日本の食生活に定着してほしくないと考える人々がいるのは当然のことである。また、国産米をどこかに隠し、 値上がりを待っている人々にとっては、現在のタイ米やブレンド米をめぐる混乱は、実に望ましいことといえるだろう。

 もし仮に、タイ米がまともに紹介され、消費者の評判もそこそこということになっていたら、果たして、国産米をめぐってこれほどひどい混乱が起こっただろうか。タイ米が日本に定着するなどということは、現在の状況を見れば、 想像もできないことではあるが、ひとつ視点を変えることができれば、タイ米にそうした潜在的な魅力があることがわかるはずである。とりあえず日本では、タイ米は、最低のランクに位置することになったが、まったく違ったタイプの米であるという事実を、 タイ米は、国産米に対して、ほとんどパンやパスタに近いものだと考えれば、話が早い。そう考えれば、タイ米の場合は、パンやパスタと同じような国産米の脅威になりうる可能性をひめていることになる。

 なぜなら、とりあえず国産米と同じタイプであるカリフォルニア米やオーストラリア米を食べるということは、そのランクが示すように、味は落ちるが仕方なく食べるということである。一方、決定的に違うタイプの米であるタイ米を、 パンやパスタのように見た場合、パンやパスタを国産米と同じ食べ方で食べようと苦心する人間は、ほとんど皆無だろう。要するに、決定的に違うだけに、その米に合った食べ方というものが広がれば、パンやパスタのように定着する可能性もあるのである。 もちろん、そんなふうにタイ米本来の味を確認し、なおもまずいということであれば、タイ米が売れ残るのも当然であり、やはり問題はすっきりする。

 インドネシアの料理と文化を紹介する「Indonesian Food and Cookery」という本のなかで、著者のスリ・オーウェンは、米料理について、「アイルランドのポテト料理と同じように、インドネシアでは、とてもたくさんの米の料理法がある」と書いている。 確かに、インディカ米には、土地によって様々な料理法がある。たとえば、鶏のぶつ切りやマトンなどを入れて炊くビリヤニとか、ターメリック・ライス、ナッツやグリンピース、レーズンなどを入れてもいい。ニンニクと炒めたインディカ米を、鶏ガラスープで炊いて、 蒸した鶏をのせ、辛いタレで食べるのも旨い。タイの調味料が手に入るようだったら、ほぐしたツナと刻んだ万能ネギ、ナムプラーとナム・プリック・パオそれぞれ少々を、炊きあがったご飯にさっと混ぜると、実に簡単で、味もいける。それから、 インディカ米を同量より多めのココナッツ・ミルクで炊くご飯というのもあるが、思ったよりさっぱりしていて、たっぷりエスニック気分が味わえる。

 筆者は、もちろん国産米も好きでよく食べるが、いたずらにブレンド米を追いかけまわすくらいなら、同じ米と名のつくまったく別の素材の良さも自分の舌で確かめ、それから、自分の国の米のおいしさをしっかり再認識すべきだろう。


《参照/引用文献》
『Indonesian Food and Cookery』 ●
Sri Owen (P.T.INDIRA/Prospect Books)
「アジア エスニック料理」 ●
梁超華(柴田書店)
 
 
《関連リンク》
グローバリゼーションと地域社会の崩壊
――『モンドヴィーノ』と『そして、ひと粒の涙』をめぐって
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