マイケル・ナイマンのポーランド・コネクション
  ――『僕がいない場所』、モーション・トリオ、『アンナと過ごした4日間』


 
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(初出:Into the Wild 1.0 | 大場正明ブログ 2010年2月19日更新、若干の加筆)

 

 

 2007年の秋に日本公開されたポーランドの女性監督ドロタ・ケンジェルザヴスカの『僕がいない場所』は、心に強く訴えかけてくる力を持つ作品だった。詩 人に憧れる多感な少年クンデルは、孤児院を飛び出し、母親が暮らす町に舞い戻る。だが、母親は見知らぬ男と寝ている。行き場のない彼は、川辺に捨てられた 艀船で暮らし始める。

 台詞や物語ではなく、目線や表情で揺れ動く感情を表現するドロタ監督の抑制された演出、監督が見出した素人の少年が見せる複雑で変化に富む表情、監督の夫 でもある撮影監督アーサー・ラインハルト生み出す光と影のコントラストやくすんだ色調。そしてもうひとつ印象的だったのが、マイケル・ナイマンの音楽だっ た。これまでのサントラの楽器編成とはひと味違い、マリンバをフィーチャーするなど、異なるリズムやテイストが盛り込まれていた。

 とここまで書いて、2007年にナイマンにインタビューしたときのことをふと思い出した(マイケル・ナイマン・インタビュー03)。その時点ではまだこの映画を観ていなかったので、サントラについ て尋ねることはできなかったが、彼は自身のレーベルMN Recordsの新作として、ヴァイオリンとマリンバのコンチェルトを予定していると語っていた。もしかすると、その新作とこのサントラには繋がりがあっ たのかもしれない。だが、以前取り上げたデイヴィッド・マッカルモントとのコラボレーション『Glare』も含め、その後、数タイトルの新作がリリースされているにもかかわらず、そのコンチェル トはまだ出ていない。

 ところでナイマンはどんな経緯でドロタ監督の作品の音楽を手がけることになったのか。『僕がいない場所』のプレスによれば、どこかの映画祭でドロタ監督の 前作が上映されたときに、ナイマンがそれを鑑賞して非常に気に入り、彼の方から監督に一緒に仕事をしましょうと話をしたらしい。そんなことがあって、『僕 がいない場所』の製作に入る前に、監督があらためて音楽を依頼したら、ナイマンがギャラの問題に関係なく引き受け、この音楽を作ったのだという。



 ナイマンがドロタ監督の才能を評価しているのは間違いないが、筆者にはそれだけではなく、彼がポーランドに対して特別な関心を持っているように思える。そ の関心は彼のルーツと深いつながりがある。ナイマンの祖父母は、ポーランドからイギリスに渡ってきたユダヤ系の移民で、20世紀初頭にロンドンのホワイト チャペル地区に住み着いたといわれる。余談ながら、ロンドンのホワイトチャペルといえば、あの切り裂きジャックで有名になった地域ではないか。

 そういうルーツを感じさせる作品は、以前にもあった。たとえば、『アンネの日記』のサントラや「ツェランによる6つの歌曲」だ。後者は、両親を強制収容所で亡くし、自分も強制労働を強いられたユダヤ系の詩人パウル・ツェランの詩がインスピレーションの源になっている。

 しかし、特にこの数年は、より自覚的にルーツに関わる表現を試みているように思える。まず最近のナイマンは、コンポーザー/ピアニストだけではなく、写真家/ビデオ・アーティストとしても活動している。

 2009年の初頭には、彼が<Videofile>と呼ぶ一連の実験的な作品のインスタレーションを行った。そのうちの1本である「Witness 2」では、アウシュヴィッツとビルケナウ収容所の映像が素材になっていたという。

 さらに、2009年の3月から4月にかけてロンドンで行われたポーランド映画祭(The Kinoteka Film Festiwal)では、ナイマンがふたつのパフォーマンスを行った。ひとつは、アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ズラウスキ、クシシュトフ・キェシロフ スキ、アンジェイ・ムンク、ドロタ・ケンジェルザヴスカといったポーランド映画を代表する作家たちの作品にインスパイアされて作った新作と映像のコラボ レーション。

 もうひとつは、ナイマン・バンドとポーランドのモーション・トリオの共演で、ナイマンの代表作を演奏する企画だった。モーション・トリオは、1996年に 結成されたアコーディオン奏者の3人組で、音域を広げたカスタムメイドのアコーディオンを駆使し、ジャズ、バルカン、タンゴ、ケルト、テクノなどジャンル を自在に越境してユニークな音楽を生み出している注目のバンドだ。

 ナイマンとモーション・トリオの共演はYou Tubeでも見られるが、アコーディオンのアンサンブルが曲にぴたりとはまり、素晴らしい躍動感を生み出している。そして、昨年末には、このコラボレー ションによるアルバム『Acoustic Accordion』(MN Records)もリリースされたので興味のある方はぜひ。

 さらに、ナイマンとポーランドのつながりがもうひとつ。しばらく前に、ナイマンがイエジー・スコリモフスキの新作の音楽を担当するかもしれないという噂を耳にした。これも実現したら面白いと思う。

 ポーランド出身のスコリモフスキは、17年ぶりの新作『アンナと過ごした4日間』で鮮やかな復活を遂げた。この映画では、孤独な中年男レオンの片思いが描 かれる。看護師アンナの部屋を覗いている彼は、彼女が就寝前に飲むお茶の砂糖にこっそり睡眠薬を入れ、熟睡している間に部屋に忍び込む。

 ちなみに、『アンナと過ごした4日間』のイギリスでのプレミアは、先述したロンドンのポーランド映画祭で行われ、スコリモフスキも来場した。そこでナイマ ンと出会っていても不思議はない。スコリモフスキは現在、ヴィンセント・ギャロ主演の新作『エッセンシャル・キリング』を撮っている。モーション・トリオのHPを開いてみたら、ニュースのコーナーに、トリオのメンバー3人とヴィンセント・ギャロが一緒に 写った写真がアップされていた。今年(2010年)の1月10日の写真だ。彼らが映画に顔を出すことになったらしい。そういう繋がりがあるのなら、ぜひナイマンとモー ション・トリオでサントラを手がけてほしい。


(upload:2007/12/15)
 
 
《関連リンク》
Michael Nyman Official site
Nyman & McAlmont 『The Glare』 レビュー ■
マイケル・ナイマン 01 ■
マイケル・ナイマン 02 ■
マイケル・ナイマン・インタビュー01 ■
マイケル・ナイマン・インタビュー02 ■
マイケル・ナイマン・インタビュー03 ■
イエジー・スコリモフスキ・インタビュー 『エッセンシャル・キリング』 ■

 
 
 
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