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ライ・クーダーの新作は、前作『チャヴェス・ラヴィーン』と同じく、ストーリーと音楽が密接に結びつき、独自の世界を作り上げていく極めてコンセプチュアルな作品だ。
そのインスピレーションの源として大きな位置を占めている大恐慌時代のアメリカは、ライのファーストから『流れ者の物語』に至る初期の世界に重なる。それだけに、ブルースやフォーク、ブルーグラスに、ラウンジ・ジャズやスピリチュアルがアクセントとなるようなサウンドは、原点回帰といえないこともないが、『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』や前作の経験を経たライ、そして9・11以後を生きる彼のアプローチには当然、違いがある。
新作のポイントになるのは、ライが創造したキャラクターたちだ。このストーリーと音楽の主人公である赤猫のバディは、ネズミのレフティとトム・トード牧師と出会い、アメリカを旅していく。その旅のはじまりは、ウディ・ガスリーの子供向け作品を思わせるが、やがてそれが、ストーリーと音楽によるビルドゥングスロマン(教養小説)になっていることに気づく。自分の農場から外に出たことがなかったバディは、組合の活動家であるレフティから労働運動を、黒人を排除するサンダウン・タウンで職を失ってしまった盲目の牧師から人種差別を学び、成長を遂げていく。
ライは、彼らの旅を通して、ジョー・ヒル、ポール・ロブスン、ピート・シーガーという弾圧された活動家/音楽家の存在に光をあて、FBI長官フーヴァーを豚に喩えて風刺し、宇宙からやって来た緑の犬のようなユーモアを盛り込み、ハンク・ウィリアムズをバディの友だちに仕立て、ロイ・ロジャースやレッドベリー、ウディ・ガスリーの言葉を散りばめる。
だが、ライが見つめているのは過去や歴史だけではない。選挙に愛国心を利用する共和党を批判しているように、現在を視野に入れてこの世界を作り上げている。民主主義と批判精神は、土地と人々の生活と音楽がひとつになった場所から発展してきたのだ。 |