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この「情熱の炎」のプロデュースにあたっているのは、マイケル・ブルック。彼の名前で筆者が連想するのは、?ハイブリッド?というキーワードである。これはマイケルがEGから出したブライアン・イーノやダニエル・ラノアとのコラボレーション・アルバムのタイトルで、彼はこのアルバムで、ヨーロッパ、アフリカ、南米の楽器を融合させ、
文字通りハイブリッドな音楽を紡ぎ出している。そんなマイケルのプロデュースというのは、ヌスラットの新たなチャレンジに相応しい。
実際、いかにもマイケルのプロデュースらしく、参加しているミュージシャンの顔ぶれもバラエティに富んでいる。マイケルはカナダ出身、ヌスラットはもちろんパキスタン、ギターのロバート・アーワイの文化的な背景は西インド諸島、ベースのダリル・ジョンソンはニューオリンズ、パーカッションのジェイムズ・ピンカーはニュージーランドといった具合だ。
また、楽器にも同じことがいえる。このコラボレーションでは、ベース、キーボード類、マイケルのギターの他に、サンバに使うブラジルの大型の太鼓スルド、セネガルのジェンベ、そしてカッワーリーに欠かせないタブラにハルモニウムなどが使われているのだ。
曲を書いているのは、主にヌスラットとマイケルのふたりである。具体的には???蝉Iがマイケルのオリジナルで、?がマイケルとヌスラットの共作、?がマイケル、ヌスラット、ロバート、ダリル、ジェイムズの共作、それ以外のナンバーがヌスラットのオリジナルである。その違いはサウンドによく現れている。たとえば、ヌスラットのオリジナルは、
典型的なカッワーリーの形式をベースにしながら、より自由で大胆な即興に持っていったり、共演のミュージシャンたちのサウンドと絡むように、自在なヴォーカルを展開するというのが、基本的なパターンになっている。
ここでカッワーリーに簡単に触れておくと、使用される楽器は、小型のリードオルガンであるハルモニウムにタブラ、そしてターリー(手拍子)。これらの楽器を伴奏として、主唱者と副唱者の掛け合いが繰り返され、次第に即興の要素が入り込み、精神を高揚させ、神秘体験に導いていく。当然のことながら、カッワーリーの演奏はとても長いものになる。
筆者が持っているヌスラットのアルバムをチェックしてみると、パリでのライブ盤が5曲で69分、日本のスタジオで録音された「法悦のカッワーリー」が4曲で60分、「ショーハン・ショー」が6曲71分といった具合だ。
そのあたりから、このアルバムの難しさが見えてくる。このアルバムには11曲が収録され、1曲の長さは平均して4〜5分である。実際のレコーディングでの演奏時間は、ほとんどの曲がもっと長かったようだが、そのテンションを維持しつつ、この時間に凝縮するのはなかなか大変な作業だったと思われる。
それではマイケルのオリジナル曲はといえば、まずは彼の発言を引用していくことにしよう。「ぼくは、ヌスラットの歌唱のもっとデリケートな部分を引き出したいと思っていたんだ。彼のほとばしるような歌唱やごりごりのソロも大好きだけど、もっとゆっくりとしていて、より内省的な要素を引き出すのがいいのではないかと思ったんだ」。
マイケルのオリジナルである?や?には、それがはっきりと現れている。?ではマイケルのギターとダリルのシンセがアンビエント的な背景を準備し、ヌスラットのヴォーカルがたゆたうように広がっていく。カッワーリーの掛け合いと即興の高揚からくる神秘体験とは異なる意味での神秘的なトーンが作り上げられている。
また、タブラの効果もカッワーリーにおける役割を離れた豊かな色彩を帯びている。?もまた低音を強調したシンセのサウンドが揺らめき、ヌスラットのヴォーカルの静的な側面を浮き立たせている。
マイケルは、プロデュース、ミュージシャンとともに、ミキシングを兼ねているが、?などは、彼の音の加工によって生み出されたサウンドというべきだろう。多重録音によって引き出されるヌスラットのヴォーカル、その独特の質感が非常に新鮮なのだ。というように、ここに収録されている曲は、それぞれに異なるレコーディング方法をとり、
大胆な加工が施されている曲も少なくない。逆に?などは、ライブのスタイルでレコーディングされ、リズム、ハルモニウム、そしてヌスラットのヴォーカルが緊張感あふれるインタープレイを展開してる。
それから?と?では、ピーター・ガブリエルがドラムのプログラミングを担当している。いかにも彼らしい切れ味と深みを秘めたリズムだ。ドラムのプログラミングひとつで、この個性をしっかり出すあたり、やはりさすがである。
ヌスラットの新たな魅力を引き出すこのアルバムは、リアル・ワールド・レコードのもうひとつの方向性というものを明確に打ち出しているといってよいだろう。
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