第5章 アメリカン・ファミリーの出発点

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(初出:東京書籍刊『サバービアの憂鬱』、1993年)

 これまで50年代に作り上げられた郊外のアメリカン・ファミリーのイメージについて、戦後の住宅不足、テレビという新たなメディアの台頭による娯楽の変貌、大量消費の時代など、様々な外的要素を取りあげてきた。

 第1章で明らかにした50年代のイメージは、あたかも明確な方向性をもって作り上げられたライフ・スタイルであるかのように、日常に浸透し定着している。しかし、そのイメージを作った外的要素を個別に考えていくと、イメージそのものは明確であるにもかかわらず、そこで暮らす家族が具体的にどのようなライフ・スタイルを理想として目指していたのかということは、あまりはっきりとしていない。むしろ限られた時代に、政治からの逃避、経済的な成長や技術の進歩、社会の変貌といった外的な要素が、偶然にも見事に結びついてしまい、中流となった人々は考える余裕もないままに時流に押し流されて、イメージだけが先走る世界のなかに入り込んでしまったようにも見えてくる。

 それでは実際に郊外に転居した人々は、こうした時代の流れのなかで、どのような感情を抱いていたのだろうか。再びバリッツの『The Good Life』を参考に、そのことを探ってみたいと思う。

 50年代に中流の人々は先を争うように郊外に転居した。郊外に切り開かれた歴史というものを持たない空間。そこで新たな生活を始める彼らはまさに根無し草だが、時代の流れをもう少しさかのぼってみると、彼らが別の意味でも根無し草であることがわかってくる。50年代の新しい両親たちは、大恐慌や戦争といった大きな動乱によって彼らの両親たちの世界や価値観と隔てられ、倹約をモットーとするような環境で育ち、まったく異質な消費社会に飛び出した。だから、たとえば郊外の新しい母親は、伝統といったものを背負っていないし、計画的なヴィジョンをもって郊外にやってきたのではない。子供を育てることはできるが、どのように教育すべきかといった考えはない。自由な移動と新しい生活が作ったこれまでとは違う母親なのだ。

 この新しい両親たちが自然に考えることは、彼らの子供たちを、少なくとも自分たちの子供時代よりも幸福にすることができるということだ。彼らは、子供たちのためによい環境に安価で住宅を購入することができるし、広告やテレビが次々と楽観的な幸福のイメージを提供する。それが子供を幸せにできるという確信を与える。そんなヴィジョンのなかでは、古い親の権威といったものは、子供の自由な創造性や自発性を伸ばす妨げにしかならない。50年代の家族を描いた広告のイメージのなかには、親の権威といったものはまったく見当たらない。

 新しい両親が考える幸福は、伝統的な価値観に立脚した幸福ではなく、もっと合理的ではあるが、あまりに合理的すぎて、考えようによっては抽象的といわなければならないような幸福なのだ。若い両親たちは、過去についての知識が欠落しているだけに、前の章における商品の選択と同様に、現在といったものをどのような物差しで計ればいいのか明確に判断することができない。50年代に確固としたアメリカン・ファミリーのイメージが出来上がった背景として、こうした伝統の欠落という要素も無視することができない。伝統に対する根づよい支持があれば、これほど一気に新しいライフ・スタイルが中流のあいだに浸透してしまうことはなかっただろう。

 
 

 

 人々はそうした伝統の欠落のなかで、押し寄せてくるような抽象的な幸福のイメージを受け入れ、結果的にそれを補強することになったと考えることもできる。コミュニティの独自の発展は、このイメージを補強する作業でもあるからだ。郊外の中流は、友人や近隣の人々の生活、あるいは広告などを物差しにして、何ら確信もないままに抽象的な幸福のイメージと同化していったわけだ。

 ここで50年代の広告のことをもう一度思い出してもらいたい。そこには明らかにこうした抽象的な幸福が反映されている。50年代の広告は、常に楽天的な雰囲気に溢れている。人々は明るく、決まったように笑みを浮かべている。一般的に考えればそれは、戦争が終わり、豊かなアメリカン・ライフが到来したことゆえの明るさであり、笑みということになるのだろう。しかしその楽天的な雰囲気の本質はといえば、やはりひどく抽象的である。

 特に50年代の広告では、ソフトなタッチのイラストが多用されていたことも興味をひく。60年代に入ると広告でも写真を使ったものがだいぶ増えるが、50年代はイラストによってある種のトーンが形作られていた。しかも、イラストの広告が主流を占める当時の雑誌を振り返ってみると、広告以外のページでは、「ライフ」などのフォト・ジャーナリズムが大きな広がりを見せていた。そうした写真のインパクトは、テレビという新しいメディアの台頭によって次第にかげりをみせていくことにはなるが、それでも世界各地で起こった様々な出来事を生々しいリアリティで映しだす写真とあのソフトなイラストでは、そのコントラストが際立っている。そんな隔たりからも、政治や社会問題に対する関心を失い、抽象的な幸福のベールに包まれた郊外に逃避し、遠巻きに世界を見るような中流の人々の状況がみえてくるような気がする。

 そして、父親の立場というものもまた50年代に大きく変わった。新しい郊外に暮らすようになった父親たちの主流を占めるのは、ホワイトが語るような組織に忠誠を誓うオーガニゼーション・マンだ。それ以前の世代までの伝統からいえば、男は仕事を通して父親を乗り越え、その先に進むことが理想とされ、そのために常にリスクを背負い、新天地を求めて頻繁に仕事を変えることも少なくなかった。しかし、経済の成長のなかで企業の組織化が進み、管理職が主流を占めるようになった時代に、男や父親にとっての成功とは、できるだけ安定した企業に就職し、平穏な幸福を手にすることに変わり、そのために彼らは組織のなかで上司に認められるために努力することになった。

 そこで、仕事においてフロンティアを失ってしまったような父親にしてみれば、郊外の一戸建てという新しいフロンティアはいっそう魅力的なものとなるようにも思える。しかし、郊外の新天地がこれまでのフロンティアと決定的に違うのは、主役が母親と子供であって、父親が男らしさを発揮して切り開くような空間はほとんど残されていないということだ。郊外の新天地で父親が自らの手で作り、家族に見せるものがあるとすれば、それはせいぜい日曜大工の産物くらいのものだろう。

 こうした変貌は現代の視点からみれば大したことでもないように思えるが、50年代以前の伝統的な価値観を背負った人々にとっては重大な変化だった。バリッツの『The Good Life』には、伝統的な価値観を背負いながらこうした職種の移行を体験した人物の実例として、ボストンの郊外に暮らす中年の銀行員の話が取り上げられている。彼はハイスクールを中退し、20年間、精肉の仕事にたずさわってきたが、50年代に将来性のある仕事ということで銀行に入り、経験もいらない単純な仕事をあてがわれることになった。彼は一般の基準からすれば、自分が成功したことを認めている。スーツに身をかため、欲しいものをたくさん購入することができた。しかしそれでも、自分が何かを作る本物の仕事ではなく、単なる書類のやりとりをしていることを恥じていたという。

 そんな話からも、50年代の流れに順応した新しい父親とその前の世代の断絶がくっきりと浮かび上がってくる。新しい父親もまた、過去の伝統から切り離されることになったわけだ。そして父親のイメージは大きく変貌していくことになる。

 50年代に絶大な人気を誇ったテレビドラマ『パパは何でも知っている』からは、そんな新しい家庭像、父親像が見えてくる。この人気番組には当時の中流の理想が反映され、中流の人々の生活にも大きな影響を及ぼした。主人公のアンダーソン一家は、保険会社に勤めるパパと専業主婦のママ、長女のベティ、長男のバド、次女のキャシーの五人家族で、スプリングフィールドという郊外住宅地で暮らしている。彼らは、オーガニゼーション・マンの家族の典型といっていいだろう。

 この番組は深夜に再放送され、筆者も何回か見たが、当時の中流の価値観を知るうえでなかなか興味深かった。タイトルからすれば父親には威厳がありそうだが、実際には家族に対して威厳というものを示すことがほとんどない。子供たちにとっては人生の先輩ではあるが、時として友だちに近い存在にもなる。子供たちが、友だちを相手にするように対等な口のききかたをすることも珍しくないし、ほとんど馬鹿にしているのではないかと思えることを言っても、パパは受け流している。

 こうした父親像は、やはり先ほど触れたような職種の変化と無縁ではないだろう。このドラマではその世界のなかから、父親の仕事というものがまったく締めだされている。父親が仕事に対してどんな苦労や努力をしているかといった現実はまったくない。極端にいえば、決まった時間だけ家をあけている大人である。但し筆者の知るかぎり、例外的に家庭から仕事が浮かび上がってくることが一度だけあった。しかしそれは、ママの“虫の知らせ”で、パパが保険の契約のために遠出することをとりやめるというエピソードだった。要するに仕事が出てきても、家族の絆が優先されるというわけだ。これでは確かに父親の威厳の示しようもないし、友だちのような存在になるのも不思議はない。そしてこのドラマで、パパがベッドまで朝食を運んでもらえるという家庭サービスを受けられるのは、休日に塀を直したり、壁を塗り替えたりしたりと家庭における仕事を果たしたときなのである。

 それでは、息子が将来のことをあれこれと考えるようになったとき、父親は息子に何を教え、どのように力になろうとするのだろうか。このドラマから、それに関係のあるエピソードを拾い出してみよう。

 ひとつは、息子のバドが姉ベティの友だちの父親に憧れを抱き、彼を見習おうとする話である。その父親は一介のきこりから出発して山を少しずつ買い取り、一代で成功を収め、テニスコートにプール、執事に運転手つきのクルマ、カントリー・クラブにパーティといった裕福な生活を送っている。パパは、どうすればそんなふうに成功を収められるのか考え込むバドに、どん底から自動車王国を築きあげたフォードの話をしたり、意志と忍耐と勤勉さという古い価値観を引っ張り出したりするのだが、その言葉にはどうも説得力がない。結果としてバドが始めるのは、町のハンバーガー・ショップのバイトである。そしてここでも、親と子供のあいだに友だちのような関係が顔を出す。バドがその店に雇われたのは、自分を雇えば“友だち”がすぐに客として来るからという約束をしていたからだったのだが、その友だちというのは実は両親と兄弟姉妹なのだ。

 そしてもうひとつ、バドがYMCAでボクシングを始めるというエピソードがある。パパは、コーチからバドには素養があるといわれて鼻高々だったが、息子が部屋にジョー・ルイスの写真を飾り、思い込みが激しくなり、ハイスクールのチャンピオンに挑戦するといいだすと、途端におどおどし、ひどく困りだすのである。50年代の父親は、過去の伝統から自由になり、古い親の権威といったものは子供の自発性や創造性の妨げにしかならないと考えるようになった。とはいうものの実際には、独創性や個性を磨くよりも、やはり抽象的な幸福を与えることを優先しているように思える。

 そして父親はまた、子供たちと対等な友だちであるばかりでなく、子供たちの協力すらあおぐことになる。このドラマのなかに、パパが突然、老け込んでしまうというエピソードがある。これは、成長する子供たちをみながら、自分が取り残されるような気持ちになるという、いわば子離れできない父親の話だ。子供中心の郊外の世界で、しかも友だちのような関係となれば、それもわからないではない。このエピソードでは、賢いママの知恵で、老け込んでしまったパパの前で、子供たちが、まだ子供なのだということを示すために、馬鹿騒ぎを演じてみせる。こうなると『パパは何でも知っている』というタイトルは皮肉な響きすらおびる。もしかするとこのドラマは、仕事におけるフロンティアや威厳を失ってしまった父親を、唯一の慰めの場所である家庭が守り立てるという意味合いを持っていたのではないかとさえ思えてくるのである。

 こうした抽象的な幸福の世界は、子供たちがまだ大人の世界を遠目にみている時代であれば破綻をきたすこともなさそうだが、子供たちが大人の世界に入りかけたときには、そういうわけにはいかない。ということで、今度は両親とティーンエイジャーの関係をみてみることにしよう。

 たとえば、『理由なき反抗』を思い出してもらいたい。あの映画のなかでジェームズ・ディーンの父親は、家庭のなかで家族を尊重するあまり、自己主張をすることを完全に放棄してしまっている。息子は、エプロン姿で彼の前に現れるような父親に、何とか威厳を取り戻させようとする。この光景は、抽象的な幸福がぶつかるひとつの壁といっていいだろう。この父親の態度はもちろん、男女平等といった理念に基づくような前向きのものではない。バリッツは『The Good Life』のなかで、50年代には男の仕事が、自分の上司を助けるという当時としては女性的な立場に身を置くことに変わったという分析もしているが、そうした変化が家庭にも反映されていたということになるのかもしれない。

 『理由なき反抗』はジェームズ・ディーンに注目が集まるために、ティーンエイジャーという視点だけから見られがちになる。そうなるとこの物語は、単に“大人は判ってくれない”ということになってしまうが、ティーンばかりではなく親もまた流動的な存在になっているのだ。父親も息子も、それぞれに仕事とティーンの世界を前にして、集団とか組織といったものに対する二者択一を迫られている。そこで、組織に帰属し女性化した父親と、男らしさを示すことによって組織の力をはねのけようとする息子の対照が際立つことになるのだ。この映画では、ナタリー・ウッド扮する娘の家庭にも同じような断絶がみられる。ティーンになった娘が、子供の頃と同じように父親にキスしようとする場面である。ここでは父親の方が娘を扱いかね、キスしようとする彼女を不器用にはねつけてしまう。父親もまた、子供を育てることはできるが、教育することはままならないのだ。

 また、『ヘビー・ペッティング』(88年)という映画でも似たような場面に出会える。これは50年代のアメリカのティーンの性意識を、当時の教育映画、ニュース、テレビドラマ、映画、そしてデイヴィッド・バーンやローリー・アンダーソンらのインタビューなどを通して浮き彫りにしたドキュメンタリー映画である。それゆえテーマはほとんどセックスに限られているが、挿入されるテレビドラマの断片には、子供の成長をめぐる親子のやりとりも含まれている。

 そのテレビドラマの断片のなかに、父親と娘のやりとりをめぐって思わず吹き出してしまうような場面があった。スリップ姿で居間をうろうろする娘を父親が注意したことから口論になるという設定だが、父親の態度が実に面白かった。彼は理由を問いただす娘を、思わず平手打ちしてしまう。そして娘ばかりでなく、殴った父親自身が信じられないという表情を浮かべる。キッチンからその様子を見ていた母親は、どうしたのかと父親に尋ねる。父親は、母親が見ていたにもかかわらず「娘を殴った」と答える。母親は当然「なぜ?」と問い返すが、父親は不思議そうに「わからない」と答えるのだ。

 こうしたティーンエイジャーの存在は、最初に注目されるようになったときには、ひどく危険な存在のようにも見られたが、50年代に限っていえば、それはすぐに少数意見になってしまった。というのも、この大量消費時代の売り手の側が、すぐにティーンの世界が大きな市場であることを見抜き、ティーンが魅力的な消費者となったからだ。

 そして、この消費に支えられた、抽象的な幸福に満ちたアメリカン・ファミリーのイメージは、第7章以降で述べるように、様々に変化していくことになる。


《参照/引用文献》
The Good Life : The Meaning of Success for the American Middle Class●
by Loren Baritz (Alfred A. Knopf, 1988)

(upload:2002/03/03)
 
 
《関連リンク》
サバービアの憂鬱 第6章 郊外と都市のはざまで揺れる理想 ■

 
 
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