第10章 郊外住宅地の夜空に飛来するUFO――スティーヴン・スピルバーグのトラウマ

激突!/Duel――-――--―-―――-―――-―――-―― 1971年/アメリカ/カラー/90分
ジョーズ/Jaws―-―――-―――--――--―-―――-―― 1975年/アメリカ/カラー/124分
未知との遭遇/Close Encounters of the Third Kind―――― 1977年/アメリカ/カラー/135分
E.T./The Extra-Terrestrial―――――――――――--―- 1982年/アメリカ/カラー/115分
ポルターガイスト/Poltergeist――――-―――-―――-―-- 1982年/アメリカ/カラー/114分
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(初出:東京書籍刊『サバービアの憂鬱』、1993年)
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 筆者がアメリカの郊外の世界に関心を持つきっかけになったのがスピルバーグの映画だったことは、序章に書いたとおりである。この第10章では、そのスピルバーグと郊外の関係を掘り下げていくことにする。本論に入るまえに、序章のスピルバーグに関する記述をもう一度読み返していただければさいわいである。

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 スティーヴン・スピルバーグは、1947年12月18日にオハイオ州シンシナティで生まれた。その後、一家はまずニュージャージーに転居し、そこでスピルバーグの妹たちが生まれ、子供が4人になると今度はアリゾナ州フェニックスにある郊外の町スコッツデールに移り、そこに落ち着いた。スピルバーグは郊外の町で成長した。序章でもふれたように、彼は郊外の子供なのだ。

 スピルバーグといえば日本では、いまだにハリウッド・ルネッサンスやファンタジー、永遠の子供といったレッテルに縛られ、郊外の世界に対するスタンスが見落とされがちだが、彼は永遠の子供である一方で、郊外の世界を驚くほど冷静な眼差しでとらえ、それを映画に反映している。『未知との遭遇』や『E.T.』、あるいは『ポルターガイスト』のあの郊外の光景については、序章のスピルバーグのコメントにあるとおりである。同様に『激突!』はロスの郊外住宅地から物語が始まり、『ジョーズ』では都会から海辺の町に転居した家族が描かれ、『続・激突!カージャック』はシュガーランドの郊外の家を終着点としている。

 もちろん、登場人物はほとんどが郊外居住者である。スピルバーグの映画には、巨大なサメやUFOといった非日常的なガジェットが飛びだしてくるだけに、彼らの生活はいかにもありふれた日常のようにみえてしまう。そこでこれらの作品は、あたかも日常と非日常の拮抗という構図が生みだすアクションやサスペンス、ファンタジーであるかのように思われる。しかし序章に書いたように、郊外の立派な家とそこに暮らす決して幸福そうにはみえない家族との対照を、あっさりと日常とわりきるわけにはいかないだろう。それでは、序章ではとりあげなかった他のスピルバーグ作品に登場する家族の場合はどうかというと、やはりそれぞれに問題を抱えている。

 たとえば『ジョーズ』の主人公のひとり、平和な避暑地アミティの警察署長ブロディ(ロイ・シャイダー)だ。彼は、ニューヨークから妻と子供を連れてこの町に移ってきてから1年にもならない新しい住人である。彼がスクリーンに最初に登場するのは、その新しいわが家で妻と対話する場面だが、その対話の内容はまさにニューヨークとアミティの対比である。彼は、子供のためという理由でこの転居を自分に納得させようと腐心しているのだが、妻のほうは正直にニューヨークのほうが気に入っていることを告白している。またブロディは、船上で海洋学者フーバー(リチャード・ドレイファス)にこんなふうに語る。

ニューヨークは手のつけられない街になっちまった。事件が多すぎて警官もどこから手をつけていいかわからん。強盗、殺人、誘拐、子供たちは歩いて学校にも通えない。ところが、このアミティは平和そのものだった。この25年間で殺人はもちろん発砲も1度もない。

 つまり彼は、警察官としての生きがいや義務感といったものをすべて放棄し、事件のまったくない平和な町の警察署長になったというわけだ。おまけに彼は子供のころに溺れかけた経験があり、いまでも水を恐がるにもかかわらず、海のある避暑地へと転居してきたのだ。これだけでも何とも皮肉なキャラクターづくりがなされていることがわかるだろう。舞台は避暑地ではあるが、スピルバーグが、多くの問題を抱える都市から逃避してきた家族を主人公にすえることによって、そこに郊外住宅地に近い性格が与えられているのだ。ちなみにピーター・ベンチリーの原作では、ブロディ警察署長は、アミティで警官を長年つとめて署長になった人物で、もちろん水を恐れるといったこともない。この映画の脚本にスピルバーグの名前はないが、ブロディのキャラクターなどに彼の意向が反映されていることは間違いないだろう。

 『ジョーズ』のこの一家の場合には、そうした矛盾は抱えているにしてもいまだ表面化していない。しかし『未知との遭遇』の電気技師ロイ・ニアリーの場合は、序章でふれたように、すでに郊外の生活のなかで暗雲がたれこめつつある。序章では小説『未知との遭遇』から、ロイと妻ロニーの会話を引用したが、その会話のつづきのなかで、妻はこんな台詞を口にする。「なにも1週間アカプルコへ行きたいと頼んでいるわけではないわ。ほんのちょっとした変化がほしくてしょうがないの。あなたがお花でも持って帰ってくだされば、もう感激だわ。すてきなバラを1本でいいの」。妻は、郊外の平穏ではあるが退屈な生活のなかで、身動きがとれなくなりつつある。しかし夫は鉄道模型の世界に閉じこもり、そんなささやかな期待にもこたえることができない。彼は単調な生活に埋没しないように自分の世界をつくり、自分を守ることで精一杯といった状況なのだ。

 『ポルターガイスト』には、こうした郊外居住者の生活ぶりが、日常ならざる日常として描きだされている。この映画の舞台となるのは、“クエスタ・ベルデ”と呼ばれる郊外住宅地である。小高い丘陵に囲まれた緑の豊かな土地、整然とならぶクルマと家、きれいに整備された広い道路、カメラは快適そのものにみえるパラダイスを映しだす。しかし、ひとたびカメラが主人公たちの生活の内側に入り込んでみると、だんだん快適そのもののようにはみえなくなってくる。

 これはどうみても退屈にむしばまれた世界である。特に象徴的に描かれるのはテレビだ。朝食から放送終了後までつけっ放しになっているテレビ。近所の友人たちと金を賭け、ビールを片手にアメフトの中継に熱中する父親たち。いい大人が隣人とリモコンでチャンネルの取りあいまでする始末だ。そして夜になれば、マリファナでハイになった夫婦がベッドでじゃれあい、退屈をまぎらす。このクエスタ・ベルデは、外の世界とのパイプであるテレビがなかったら、ほとんど海に浮かぶ孤島である。

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 警官としての義務感を放棄し、水を恐れるにもかかわらず海辺の町に逃避してきたブロディ、妻に1本のバラを持って帰ることができず、鉄道模型に閉じこもるロイ・ニアリー、テレビ漬けの退屈な夫婦。このようにみてくると、スピルバーグが、都市から郊外に逃避したり、郊外の生活のなかでこわばりつつある人々を、巧みに主人公にしていることがわかる。そして、このような家族に、サメやUFOといったガジェットがすりよっていくところに、スピルバーグ作品の面白さがあるのだ。但し、スピルバーグの郊外居住者に対する眼差しは、必ずしも一貫したものではなく、作品を追うごとに変化していく。それは、郊外の世界を批判的、風刺的にみていたものが、しだいに個人的な体験や感情を色濃く投影していくことによる変化である。

 それではまず、スピルバーグの出世作『激突!』から、郊外の家庭とガジェットがおりなすドラマをみていくことにしよう。もともとスピルバーグがテレビ映画としてつくった『激突!』は、ご存知のように平凡なビジネスマンの運転するクルマが、不気味なタンクローリーに追いまわされるというシンプルなストーリーの作品である。舞台は路上であって郊外住宅地ではない。しかし映画の冒頭で、走っていくクルマのフロント・ガラスを通してみえる典型的な郊外の風景は、クルマの持ち主に関するヒントを与えてくれる。その主人公デイヴィッド・マン(デニス・ウィーヴァー)は、途中で立ち寄るガソリン・スタンドから自宅に電話を入れ、その会話から、彼が自宅から仕事に出たこと、そして家庭と仕事をめぐって必ずしも満たされた生活を送っているのではないことがわかってくる。

 電話に答える妻は、暖炉のある広い部屋でくつろぎ、カーペットのうえでは子供がロボットのおもちゃで遊んでいる。電話のやりとりから、主人公が傲慢な仕事相手に無理に頭を下げ、妻に心のなかで軽蔑までされていることがわかる。その電話の最中に、主人公のわきを下層を思わせる太った中年女がとおりすぎ、カメラと主人公のあいだに立って、備えつけられたランドリーの機械のなかに洗濯物を放り込みはじめる。開かれたままの丸いガラスの蓋をとおして主人公の姿をとらえるカメラ。中年女が漂わす生活感と自宅の光景は、なかなか効果的なコントラストを描いている。おそらくこの主人公は、背伸びをして郊外の生活を手にし、その生活を維持していくためにあくせく働くことを余儀なくされているのだろう。しかも暇をもてあましている妻には、生活に追われていれば気づかないような夫の情けない部分ばかりが際立ってみえてしまう。

 『激突!』は一見すると、平凡なビジネスマンの日常に不気味なタンクローリーという非日常が割り込んでくるかにみえるが、主人公の立場や感情を考えるなら、ことはそれほど単純ではない。そんな設定を短い描写のなかに盛り込むスピルバーグの演出には非凡なものがある。こうした設定がなかったら、この映画の魅力は半減するに違いない。

 ところで、こんなふうに主人公マンについて長い解説を加えると、彼のキャラクターに過剰にこだわっているように思われるかもしれない。しかし、序章でも引用したトニー・クロウリーの『The Steven Spielberg Story』のなかで、スピルバーグ自身がこのキャラクターのことを“ミスター・サバービア”と呼んでいる。これはもちろん、永遠の子供の口から出るような言葉ではなく、かなり皮肉な言い回しである。しかもそんな皮肉な表現に加えて、スピルバーグ自身がこのキャラクターについて次のような過剰ともいえる説明を加えているのである。

 『激突!』のヒーローは、現代的な郊外生活に埋没した典型的な中流の下のほうにいるアメリカ人だ。日曜日になると、まずクルマの洗車に行く。といってもせいぜいワン・ブロック先までクルマを走らせるだけのことだ。そして洗車のあいだに子供たちと隣に行って、デイリー・クイーンでアイスクリームを買ってやり、それから何千万個もハンバーガーを売りさばくピカピカのマクドナルドに行って昼食をすます。それから今度はゲーム・センターに逃げ込んで、タンクやらポングやらフリムフラムといったゲームをやる。戻ってくるころには洗車は完了し、出発の準備ができている。クルマに乗り込むと、今度はマジック・マウンテン遊園地に行き、ジャンク・フードを食べながら1日を過ごす。
赤信号に引っかかりながら家にたどりつくと、妻が夕食の準備をして待っている。そして、低脂肪のインスタントのポテトと卵を食べ、くつろいでテレビをつける。それでこの男がまる1日を過ごしたファンタジーから、いつもの現実に引き戻される。まずゴールデンアワーの番組をみる。それは心のかてだが、常夜灯をみつめているのと何ら変わらない。最後にニュースをみるわけだが、耳をかたむける気がしない。というのもゴールデンアワーに味わっていた現実に水をさすからだ。そして最後に眠りにつき、夢をみる……アメリカの週末を楽しむのにじゅうぶんな金を稼ぐ夢を……。これが『激突!』に描かれた男のタイプだ。彼は、テレビが壊れて修理屋を呼ぶといったことより難しい挑戦に応じることはいっさい望まないような男なんだ。


―激突!―

◆スタッフ◆

監督
スティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg
原作/脚本 リチャード・マシスン
Richard Matheson
撮影 ジャック・A・マータ
Jack A. Marta
編集 フランク・モリス
Frank Morriss
音楽 ビリー・ゴールデンバーグ
Billy Goldenberg

◆キャスト◆

デイヴィッド・マン
デニス・ウィーヴァー
Dennis Weaver
ミセス・マン ジャクリーン・スコット
Jacqueline Scott


―ジョーズ―

◆スタッフ◆

監督
スティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg
原作/脚色 ピーター・ベンチリー
Peter Benchley
脚色 カール・ゴットリーブ
Carl Gottlieb
撮影 ビル・バトラー
Bill Butler
編集 ヴァーナ・フィールズ
Verna Fields
音楽 ジョン・ウィリアムス
John Williams

◆キャスト◆

ブロディ署長
ロイ・シャイダー
Roy Scheider
クイント ロバート・ショウ
Robert Shaw
フーパー リチャード・ドレイファス
Richard Dreyfuss


―未知との遭遇―

◆スタッフ◆

監督/脚本
スティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg
撮影監督 ヴィルモス・ジグモンド
Vilmos Zsigmond
編集 マイケル・カーン
Michael Kahn
視覚効果 ダグラス・トランブル
Douglas Trumbull
音楽 ジョン・ウィリアムス
John Williams

◆キャスト◆

ロイ・ニアリー
リチャード・ドレイファス
Richard Dreyfuss
ロニー・ニアリー テリー・ガー
Teri Garr
ジリアン・ガイラー メリンダ・ディロン
Melinda Dillon
クロード・ラコーム フランソワ・トリュフォー
Francois Truffaut


―E.T.―

◆スタッフ◆

監督/製作
スティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg
脚本 メリッサ・マティスンド
Melissa Mathison
撮影 アレン・ダヴュー
Allen Daviau
編集 キャロル・リトルトン
Carol Littleton
音楽 ジョン・ウィリアムス
John Williams

◆キャスト◆

エリオット
ヘンリー・トーマス
Henry Thomas
メアリ ディー・ウォレス
Dee Wallace
マイケル ロバート・マクノートン
Robert MacNaughton
ガーティ ドリュー・バリモア
Drew Barrymore

―ポルターガイスト―

◆スタッフ◆

製作/原作/脚本
スティーヴン・スピルバーグ
Steven Spielberg
監督 トビー・フーパー
Tobe Hooper
脚本 マイケル・グレイス/ マーク・ヴィクター
Michael Grais/ Mark Victor
撮影 マシュー・F・レオネッティ
Matthew F. Leonetti
編集 マイケル・カーン
Michael Kahn
音楽 ジェリー・ゴールドスミス
Jerry Goldsmith

◆キャスト◆

スティーヴ
クレイグ・T・ネルソン
Craig T. Nelson
ダイアン ジョベス・ウィリアムス
Jobeth Williams
キャロル=アン ヘザー・オルーク
Heather O’Rourke
レシュ博士 ビアトリス・ストレイト
Beatrice Straight


 これはかなり辛辣な言葉である。そして、この言葉が饒舌に物語るように、『激突!』は、郊外を舞台にしていないにもかかわらず、郊外の生活に対して激しい揺さぶりをかけようとする映画なのである。主人公マンの心理は、タンクローリーとの駆け引きのなかでさまざまに変化していく。この映画のなかで主人公が最初に口にする台詞というのは、運転しているクルマのラジオに向かって、「公害の話でもしろ」というものだ。もちろん、煙を吐きだしながらものすごい騒音で走るタンクローリーに嫌悪感をもよおしてそんな台詞が口をついて出たわけだが、そこには少なくとも余裕というか優越感のようなものがある。   

 安全な郊外のコミュニティの延長線上を走っている気分の主人公は、積もり積もった嫌悪感や不快感から、タンクローリーに対抗心を起こしてしまう。しかしそれはしだいに恐怖心に変わる。彼は、途中で立ち寄った食堂の化粧室で、いつもの気楽な遠乗りであり、ごく普通に道を走っていただけだと自分に言い聞かせる。「公害の話でもしろ」どころではない。そして、もはや警察にも頼ることができないことを悟ったとき、彼は自分の命を守るために、郊外生活に埋没したミスター・サバービアから完全な個人にたちかえって現実に対処しようとする。但し、個人とはいうものの、タンクローリーが相手にするのは主人公とクルマのユニットであって、生身の個人で相手になろうとすれば向こうは逃げさってしまう。モータリゼーションと結びついたこの設定、展開も興味深いが、このことについては第22章であらためてふれる。  ==> 2ページへ続く

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